よりグローバルに よりローカルに〜異業種からの挑戦/なかよし幼稚園 大庭公治・茂木雅人
- 2025/05/29
- 日系企業インタビュー
ベトナムでは総人口の約1割が6歳以下、4人に1人は15歳未満の子どもです。所得向上に伴い、教育への支出も年々増えています。今回は2013年に、いち早く日系幼稚園としてベトナムに進出された、ハノイ市のなかよし幼稚園、大庭先生と茂木先生にベトナムにおける日本式幼児教育について、お話を伺いました。

0.自己紹介
土佐谷:今回は、お2人がゲストです。まずはそれぞれの自己紹介からお願いします。
大庭:ハノイの日系幼稚園、なかよし幼稚園の代表の大庭です。2013年にベトナムに移り住み会社・幼稚園を設立しました。現在は茂木先生になかよし幼稚園の運営をお任せして拠点を日本に戻して静岡県内の認定こども園の副園長をしています。私は大学卒業後警視庁に入庁し、9年間、交番勤務、パトカー乗務、警備などの業務に従事しました。その後、転身して保育・教育業界に入りました。
茂木:ハノイのなかよし幼稚園で園長をしております、茂木です。大学卒業後、製鉄メーカーで5年、生産管理や営業の仕事をしていました。サラリーマンであれば当たり前のことですが、人事異動をすると別の方が後任としてこれまで自分がやってきた仕事をやる訳です。その中で、自分の存在意義ってなんだろう?と考えるようになり、働きながら、小学校の教員免許を取りました。その後、転職し、都内の小学校で教員として6年働きました。そこで小学校の前段階の教育、つまり幼児教育が大切だということを感じ、幼稚園教諭の免許を取得しました。免許取得のためのスクーリングで、わかば幼稚園の理事長と出会い、それがきっかけとなって、大庭先生の後を受けて、ハノイに来ることになりました。
1.外資100%でベトナム進出
土佐谷:公務員から、幼稚園事業に参入しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
大庭:警察官時代に幼児教育に興味を持ち、親族と共に転身して園運営に挑戦することにしました。当初は保育士、教諭に現場を任せて私たちはマネジメントに徹して園の数を増やしていくというビジョンを描いていましたが、日本の保育、教育現場には様々な問題があることが分かり、次第に現場に介入せざるを得なくなりました。その過程で幼稚園教諭免許を取得し、2024年度に静岡大学大学院幼児教育分野の修士課程を修了しました。
土佐谷:ベトナムで幼稚園を始めようと思ったきっかけは何ですか?
大庭:海外に出たい、という思いがあったので、個人で情報収集をしました。これからはアジアの時代だ、と言われていた時期です。中国やタイと違い、ベトナムは日本人が増えている割にまだ進出している園が少なそうだったので、まずはベトナムで始めようということになりました。最初はハノイ、その次は、ホーチミン、ダナン、その次はカンボジアやラオスなどの周辺国へと次々に展開していくイメージでいました。
土佐谷:ベトナムに進出するにあたり、日本人100%出資で会社を設立されています。一般的にベトナムでは外国人が起業するのは、手続きが煩雑で時間も掛かると言われています。敢えて外資の道を選んだ理由はありますか?
大庭:そもそもベトナムに来たのが思いつきでしたので、ツテもないし、知り合いもいないし、それを探そうともしませんでした。ベトナム進出の決め手となったのは、2012年頃に医療と教育関連は外資100%でも会社を設立できるという法改正の発表があったことです。他の国では、現地企業の最低出資比率が決められています。外資100%だと、乗っ取りのリスクもなく、メリットを感じました。そうは言っても、実際はライセンスを取るには苦労しました。過去私たちと同様に外資100%で幼稚園を設立しようとされた方は多くいましたが、全員取得に失敗して撤退しています。もっとも今のように、ベトナム人の信頼できる友人がいたら、外資100%でやろうとは思わなかったかも知れませんね。
土佐谷:ベトナムへの進出からこれまで1番苦労したことは何ですか?
大庭:都度大変なことはありました。私は9年ベトナムにいましたが…。あまり覚えていないですね(笑)。ライセンス取得、園児獲得、職員が辞めた、コロナ、など、それぞれ大変な時期はありました、全て過去のことなので。常に新しいことを考えているので、過去を振り返っている暇はないです。
土佐谷:過去を振り返らず、前進あるのみという、前向きな考え方。大庭先生は、ベトナム人ですね(笑)。

2.なかよし幼稚園について
土佐谷:現在の先生、園児のそれぞれの数と国籍について教えて下さい。
茂木:園児は50名です。国籍はほぼ日本人、ハーフの子どもが4名です。先生は、日本人は担任が4名+私の合計5名、ベトナム人の先生は8名です。
土佐谷:なかよし幼稚園のベトナム人の先生は、大学卒業後、他の幼稚園で働いていた方が多いのでしょうか?
茂木:私たちは、日本に行ったこと経験がある先生を多く採用しています。
土佐谷:日本での経験とは、日本で保育に関する仕事をされていた方、ということでしょうか?
茂木:いいえ、日本では全く違う仕事をされていた方が多いです。問題は、日本語ができる人で幼稚教育をやりたいという人が少ないということです。一般的に外資系、日系の企業で働く方がお金を多く稼げると思われています。近年日本では保育に携わる人に対し、働き方の改善や給与の見直しが進んでいますが、ベトナムでの職業としての保育は、まだまだ給料が低いと見られがちで、幼稚園の先生の資格を持ち、かつ日本語が話せるという先生はまだまだ少ない状況です。そのため、ベトナムに帰ってきてから、幼稚園教諭の資格のための勉強を始める方が多いです。
土佐谷:給料の良い企業ではなく、資格を取って、なかよし幼稚園で働きたいという先生方は、それだけ熱意があるということですね。
茂木:そうですね。実際に日本で生活をし、日本の教育を見て、ベトナムにも広めたい、自分もそれに関わっていきたいと熱い思いを持った人が多いと思います。

3.“日本式”幼児教育とは〜JICAプロジェクトを通して感じたこと
土佐谷:現地の日本人の間では、なかよし幼稚園は、日本式幼児教育を実践されていることで有名ですが、そもそも“日本式”とは、何を指すのでしょうか?
茂木:今、JICA(国際協力機構)と協力して「ハノイ市コウザイ区における日本式幼児教育モデルの確立プロジェクト」というものを進めています。そこでは、3つの柱として①絵本の読み聞かせ教育②運動教育③音楽教育に力を入れています。私が定期的に幼稚園を訪問して、跳び箱や音楽などを教えているほか、先生たちになかよし幼稚園に来てもらい、演奏会や運動会を観てもらっています。
*補足)JICA草の根技術協力事業のプロジェクトは、大庭が所属する静岡県の認定こども園、コウザイ区・公立幼稚園、JICAの3つの団体による共同事業です。なかよし幼稚園は認定こども園の傘下として活動。JICA草の根技術協力事業については、こちらをご参照下さい。https://www.jica.go.jp/activities/schemes/partner/kusanone/index.html
土佐谷:3つの柱の中で、ベトナムの子どもたちが1番興味を持っているものはどれですか?
茂木:運動です。一方、先生たちは、運動が1番嫌いです。幼い頃、やっていないので、できないからです。しかし、先日、自分たちで運動会をやりました。子どもたちが跳び箱8段を飛んだり、親子競技やリレー、玉入れ、綱引きなども、なかよし幼稚園の真似をしてやってくれました。大きなスポーツイベントは、初めてではないかと思います。ベトナムの子どもたちは、練習が嫌いです。跳び箱や鉄棒は練習しなければ、絶対にできるようになりません。ベトナムでは、綱引きや玉入れのような練習不要かつゲーム性があるものが好まれます。ですので、跳び箱や鉄棒は正直、私自身も諦めていました。でも今回、運動会のために練習をし、披露してくれたので、今後も続けてくれると思っています。
土佐谷:プロジェクトを進めるに当たり、他にもご苦労が多かったのではないでしょうか?
茂木:先生のモチベーションをどう維持するか、よく考えました。今までと違うことを、やりたくないというのは、自然な感情だと思います。2年間通い続けて、茂木先生が言うんだから、やってみようかな、と思ってくれるようになったのは、進歩かなと思っています。公立幼稚園の先生は、やることが決められています。忙しい中、新しいことをやるのは難しい、と不平を言われます。でも、絵本の読み聞かせも5分でもいいからやってほしい、とお願いし、なんとかやってくれています。先生たちにとって、日本の教育はいいと感じる一方、ベトナムの教育も大切です。今後日本式を広めていく中で、ベトナムの教育とのバランスが課題になると思います。また、ベトナムの先生は「子どもたちができるようになること」より「私はこんな技術を持っています」とアピールできるものを学びたいことを優先します。例えば、私たちは、鍵盤ハーモニカを教えているのですが、それは子どもたちができるようになるようために教えています。でもできるようになって、周りから称賛されるのは子どもたち。そのため、先生は「ピアノを弾けるようになりたい」と言ってきます。私は先生にピアノを教えますが、それは自分たちのためなのか、園児に還元したいと思っているのか、その判断が難しいところです。
土佐谷:最終的には、園児たちにメリットがあることが1番ですが、そのためには先生にもメリットを感じてもらわないと、モチベーションが維持されない。ベトナムにはそういう難しさがあるのですね。
土佐谷:JICAプロジェクトが始まって、幼稚園での教育に対する親御さんの考え方が変わったと言う話は聞きますか?
茂木:運動会をやった時に、子どもたちと参加できるのは嬉しい、という反応がありました。またこのプロジェクトをきっかけに、入園を希望する園児が増えたとも聞いています。
土佐谷:周りからいい幼稚園との評価をもらえれば、それも先生たちのモチベーションにも繋がりますね。今年(2025年)12月で、進行中のJICAのプロジェクトは終了とのことですが、この先、この公立幼稚園との関係性はどうなりますか?
茂木:JICAの資金援助がなくなるので、設備投資は難しくなるかも知れません。ただ、これからも来てほしいと言われているので、何かしら関係は続くのかな、と思っています。このプロジェクトを通して、ハノイ市、コウザイ区、また他の地区の教育省の人たちも、日本式幼児教育に興味を持ってくれるようになりました。まだ日本式を進めている幼稚園がないので、研修をすると他の幼稚園からも見学に来ます。そうすると、自分たちのところでもやってみたいね、ということになる訳です。そう言った意欲的な幼稚園に対し、今後、どのように日本式を広めて進めていくか、今回のJICAプロジェクトが終了するまでに決めていく必要があるのではないかと感じています。

4.“ベトナム式”日本式幼児教育を目指して
土佐谷:会社として、幼稚園の運営以外にも幼児教育のコンサルティング事業も行っているそうですが、よくお問い合わせはありますか?
茂木:日本は少子化で、日本の幼稚園も危機感はあるようです。海外で子どもたちがたくさんいる場所で幼稚園ができないか、と考えている人は多く、お問い合わせも増えています。JICAのプロジェクトに参加していることもあり、ベトナムの幼稚園から支援や売却の相談を受けることもあります。一方日本からの問い合わせとしては、日本人ターゲットではなく、日本での経験を活かし、ベトナムの子どもたち向けに何かしたいと考えている方が多いです。先月も日本とベトナム双方のニーズを繋げるお手伝いをしました。
土佐谷:現在ベトナムの人口は約1億人で、そのうち、0〜6歳までが8%。一方、日本は人口1億2,000万人に対し、0〜6歳までが4%で、未就学児童の割合はベトナムは日本の2倍です。ベトナムには、子ども向けの教育やサービスの分野で大きなビジネスチャンスがありそうですが、そのような環境の中、今後、ベトナムで実現したいことがありましたら教えて下さい。
大庭:日系のなかよし幼稚園だけでなく、ベトナム人向けの日本式教育の幼稚園の運営を目指しています。ベトナム人向けの園はコロナの影響で一度クローズしていますので復活ということになります。また、日本の幼児教育は環境を整えることが一番重要とされています。日本国内の園と同等かそれ以上の環境の園舎・園庭をベトナムで実現したいと思います。素晴らしい環境で素晴らしい教育・保育を行うなかよし幼稚園とベトナム人向け幼稚園を実現することで、ベトナムの幼児教育に良い影響を与えられたら嬉しいですね。
茂木:まずは継続して、園児に温かい保育を行なっていくこと。他にも日系幼稚園がある中、皆さんに選ばれる幼稚園を目指したいです。また他の日系幼稚園よりも積極的にベトナム人の先生を採用していますので、トレーニングの場としても活用していきたいです。そして、どこまで広げられるかはわかりませんが、日本式幼児教育を、頑張って広げていきたいと思っています。私自身、最初は日本のものを全て伝えたいと思って、ベトナムに来ました。しかし、実際にベトナムに暮らす中で、それはまたベトナムの人たちが求めていることではない、と気がつきました。ベトナム式日本式幼児教育、つまり、ベトナムの子どもたちに合った日本の教育はどういうものなのか。そんな新しい幼児教育について、私たちは、日々考え、研究しています。

文=土佐谷 由美
Grankoyo Vietnam Co., LTD /なかよし幼稚園

<プロフィール>
●大庭 公治(Oba Kimiharu) <写真右>
1976年/神奈川県横浜市出身
Grankoyo Vietnam Co., LTD 社長
なかよし幼稚園 代表
認定こども園 わかば幼稚園 副園長
大学卒業後、警視庁に9年間勤務
その後、家族と共に幼児教育に携わる
2013年Grankoyo Vietnam Co., LTDを設立 (日本人100%出資)
同2013年なかよし幼稚園を開園
趣味:剣道、水泳
ベトナム在住9年
現在は日本をベースに活動し、年に数回ベトナムへ出張
●茂木 雅人(Mogi Masato) <写真左>
1984年/東京都葛飾区出身
GRANKOYO VIETNAM CO., LTD
なかよし幼稚園 園長
製鉄メーカー 5年(生産管理・営業)
小学校教諭 6年
幼稚園教諭 6年
趣味:旅・ピアノ・ギター・キャンプ
ベトナム在住3年
ウェブサイト:
https://nakayoshi.vn/
Facebook:
https://www.facebook.com/Nakayoshi.Hanoi.Vietnam