コミュニティ・ベースド・ツーリズム(CBT)のススメ

 日本でもオーバーツーリズムが問題になっています。インバウンドで海外から旅行客が多数訪れ、お金を落としていってもらうのはありがたいのですが、観光業に関わっている人たちにはよくても、その他の人には迷惑でしかありません。
 たとえば、京都に住んでいる人は通勤、通学に使うバスが観光客でごった返し、乗車ができない、ゴミは捨て放題、勝手に個人の家の敷地に立ち入る、などなど観光地は人気になればなるほど街や景観が損なわれ、交通も不便になります。これが重なれば、今度は観光地そのものの魅力が失われ、観光客がよりつかなくなるという悪循環も生まれてしまいます。オーバーツーリズムは世界中の観光地がかかえる問題でもあります。
 1990年代からタイや南米などで、この問題が指摘され、その解決策としてサステイナブル、持続可能な観光開発の手法として各地で取り入れられてきたのが、コミュニティ・ツーリズム、あるいはコミュニティ・ベースド・ツーリズムです。
 「地域コミュニティが主体となり、地域の歴史や文化、産業、暮らしなどを守りながら、それらを観光コンテンツとしてもアピールし、地域の活性化を目指すツーリズム形態」という説明がわかりやすいかもしれません。
 ベトナムではさらに53もの少数民族が存在しています。そのいずれもが山岳地帯、山奥に暮らす人々であり、産業といえばわずかな土地を耕すか、家畜を飼う程度の自給自足の生活を送っているのが実情です。電気や通信といったインフラも隅々まで行き届いていません。都市部との格差は拡大するばかりです。
 そこで少数民族独自の文化、工芸を守る、あるいは復興させ、それらを観光商品として昇華させ、国内外の観光客に訪れてもらい、宿泊、食事、歌舞演奏などの観光サービスを提供、その対価をもらうことで、村の人々の生計を改善し、貧困削減対策にも役立てようと、ベトナム各地でこのコミュニティ・ツーリズムが取り入れられ、一定の成果をあげていいます。
 今回は私が実際に訪れて体験したベトナムのコミュニティ・ツーリズムのサイトを三つ紹介しましょう。

<クアンナム省カトゥー族の村>

 ベトナム中部の玄関口、ダナンから西へ、ラオスとの国境に向かって車を1時間半ほど走らせるとクアンナム省ナムザン県のカトゥー族の村に到着します。
 黒地に色糸で織り出される様々な模様の生地からなる衣装をまとった男女の村人たちの出迎えを受けます。観光客が到着すると広場で歓迎の音楽と踊りも披露されます。心暖かい歓迎にだれもが心動かされるに違いありません
 その後はカトゥー族の生活体験ということで、餅つきを試したり、家に入って住人たちの生活ぶりをかいま見ることもできます。
 カトゥー族独特の織物の作業場も見学することができます。うつくしい模様が織り出されている様をまのあたりにすることができます。
 昼食はカトゥー族の料理が食卓を飾ります。素朴でありながら、おいしい料理の数々に驚かれると思います。
 村を離れる前にお好みのお土産を一つだけ選んで購入することができます。お土産はどれも村人たちの手作りの製品です。ここでは観光客と村人との金銭の授受はありません。お土産を売りつけるのに忙しい村人をつくらず、村の資源と環境を守り、持続可能な開発をすすめるためにも必要な措置です。そして、観光客は帰途につきます。

 カトゥー族は主に中部のトゥアティエン・フエとクアンナム省を中心に7.4万人の人口をもつ、モン・クメール語族の民族です。高床式の家に住み、畑を耕し、森の奥深くわけいって採集を行う半分自給自足の生活を強いられています。ハノイやホーチミン市などの大都市からも遠く、また山間地にあるため開発も遅れており、生活は困窮していた場所でした。
 この場所に日本のNGO、公益財団法人国際開発救援財団​​、FIDR(ファイダー)が根をおろして活動を開始したのは2001年のことです。「人々の生活基盤の改善をめざす地域総合開発プロジェクトを実施し、農業技術研修や栄養改善活動、収入向上のための家畜飼育、識字教室開催などさまざまな活動をおこなった」ことにはじまります。
 さらに2008年から4年間「少数民族手工芸支援プロジェクト」を実施し、「商品製作から販売促進、組織運営、取り組みまで女性たち自身で担えるようになり、2011年にはクァンナム省で初の少数民族による協同組合として認可を受け​​」たとのことです。
 この地域の人々が貧困から抜け出し、自らの自身を取り戻す中で、カトゥー族の村をとりまく資源、環境を強みとして観光客を迎える、地域主導の観光開発に取り組みたいとの意向が出され、また地方政府も観光開発による地域経済を発展する政策の後押しも得て、2012年に開始されたのが「少数民族カトゥー族地域活性化のための観光開発支援プロジェクト」でした。
 プロジェクトはすでに終了していますが、カトゥー族の人々が自ら旅行組合を運営して、観光客を引き続き迎えています。

<ラオカイ省サパ・赤ザオ族のタフィン村>

 標高1500m、夏も涼しい避暑地サパ。その街から車で20分ほど山をくだったところにある村が赤ザオ族が多く住み、コミュニティ・ベースド・ツーリズムの先駆けとなるタフィン村です。サパの街から近いタイ族の村、カットカット村はあたかも少数民族のテーマパーク、観光村のようですが、タフィン村は元々あった村の様子をそのままに残し、国内外の観光客を受け入れている村です。
 村の入り口では、赤ザオ族の女性たちが観光客を目掛けて集まってきます。村を案内しがてら、お土産となるトーカム、赤ザオ族独特の刺繍が施された生地でできたバッグや小物を販売する人たちです。
 皆民族衣装をまとっています。赤ザオ族に特徴的なのは女性の頭の赤い頭巾。鮮やかな真紅の頭巾はザオ族の女性たちの誇り。霧がかった農村風景の中で、黒い衣装に赤い頭巾を被った女性たちの姿は幻想的ですらあります。
 赤ザオ族の人たちはコミュニケーションに長けていて、商売も上手。手のこんだ刺繍の小物をハノイで求めるより格安で手に入るとあって、財布の紐も緩んでしまいます。
 彼女たちの中には英語をはじめ外国語堪能な女性もいて、ガイド役としても役にたちます。
 赤ザオ族の家を尋ねたり、ホームステイや、宿泊しないまでも、赤ザオ族特有の薬湯につかる体験もできます。薬湯は各種天然のハーブを煮出して、樽状の風呂桶に満たし、そこにつかるものです。ハーブの中にはノミが嫌う植物も入っており、赤ザオ族の生活にとって薬湯を浴びることで、様々な効果が期待されていたものと思われます。健康にもよいとされていますので、ぜひお試しください。

 ザオ族は元々中国南部に広く分布している「瑶族」のことで、12、3世紀ごろからベトナムにも広がりをみせてきた民族です。2019年の調査では約89万人のザオ族がベトナムに暮らしています。同じザオ族といっても様々な亜族が存在し、同じザオ族であっても言葉が通じないケースも多いと言われています。
 男性のみが漢字の読み書きをその父親から習い、世帯ごとの漢字で書かれた家系図を維持しているのも特徴です。娘たちは漢字を教わることはありませんので、漢字の読み書きはできません。
 ザオ族の人々は人懐っこい人が多く、お客様を暖かく迎えようとの気持ちもあります。サパで少数民族の人々の生活の姿を目の当たりにすることのできる旅をお楽しみください。

<バクザン省フーラン陶器村>

 バクザン省はハノイのお隣の省ですが、今から2000年ほど前には「交阯郡」という漢人の支配する地方郡の都のあった場所です。その後はハノイの各王朝の必要に応じてつくられる装飾品や物資工芸が盛んとなり、現代では伝統工芸村と呼ばれる産業の栄える村々が多数存在している場所でもあります。
 その伝統工芸村のひとつフーラン村では、従来、水瓶や甕など、おおぶりで、釉薬をもちいない陶器が作られてきた村です。しかし、水瓶や甕などの製品は、プラスチックなど他の素材の製品にとってかわられてしまい、売れても価格が安い上、売れ行きも悪く、陶器生産の伝統も失われつつありました。
 そこへ日本の生地も薄く、釉薬を用いた陶器の技術を導入することで、水瓶や甕などの大型の陶器ではなく、普段使いのできる食器や小型の「売れる」陶器を製造し販売することで陶器生産を維持、発展していこうというプロジェクトが2021年に開始されました。
 釉薬や焼窯をあらたにつくり、日本の陶工たちが訪れ、陶器生産のノウハウを提供しました。ベトナムの若い陶工たちはその技術を学びました。
 私はその仕上げに行われた陶器づくり体験ツアーに参加しました。学生陶工や日本人陶工が指導して、観光客にろくろまわし、陶器への絵付けを体験させるツアーです。
 学生陶工の女性に粘土の捏ね方を習い、真似をしてみるのですが、どうもうまくいきません。見た目には簡単に見えますが、力が必要ですし、まんべんなく捏ねようと思っても思う様にいかないものです。
 次はろくろの上で形をつくるのですが、こちらも自分の思い通りに形をつくりあげるなど、到底できるものではありませんでした。先生は簡単に粘土を引き上げて、形をつくりあげますが、指先に力をいれてもいっこうに粘土は高く引き上げることはできませんでした。それでも土いじりは楽しいもの。童心にかえって、粘土を捏ねてみましょう。
 今度はまだ火をいれる前の、乾燥した皿の形の粘土に絵を書きます。私は魚の絵を4つ描きました。こちらは簡単ですが、釉薬を塗って、焼き上がった出来上がりは芸術性が高い作品に見えてくるから不思議です。焼き上がりには1ヶ月ほどかかりました。

 この工房はJICAの草の根の援助によって作られました。小石原焼と高取焼という二つの焼き物の産地である福岡の東峰村と、その村の工房、協同組合とが協力して実施しています。この2024年8月にはプロジェクトは終了しますが、引き続きフーラン村は日本から学んだ小ぶりの陶器生産の技術をもとに「フーラン竜宮焼」という名の新しい焼き物を軸に観光開発がすすめられる予定です。
 バッチャン焼きが観光開発と一体となって発展していったのと同様、フーラン村も観光開発を同時に進め、新しい観光地として発展を見届けるために、一度村を訪れてみてはいかがでしょうか。これも新しいコミュニティ・ツーリズムへと発展できるよう期待しています。

文=新妻東一

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