亀の伝説に彩られた街、ハノイ。伝説で巡るハノイ市内観光はいかが?

  • 2021/9/14
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ベトナム観光旅行記:第3回「ハノイ」

 ベトナム人はその神話から自らを龍と仙女の子孫であると信じています。龍との因縁は深く、国土の形を龍になぞらえたり、首都ハノイの古い名称は昇龍(タンロン)と定め、龍が昇る場所だとしています。二千もの奇岩の島で有名な観光地であるハロン湾も漢字で表すと「下龍湾」で、龍が下る場所と書きます。ベトナム人にとって龍はとても縁の深い想像上の動物なのです。

 でも今回ハノイを案内するにあたって主役は龍ではありません。亀です。ベトナムの様々な伝説のもう一人の主役は実は亀なんです。ハノイの観光地を訪れると亀と因縁のある場所が数多く見られます。今回はハノイの亀をご紹介しながら、ハノイのウェブ誌上観光をお楽しみいただきます。

ホアンキエム湖の伝説と生きていた巨大亀

ホアンキエム湖の伝説と生きていた巨大亀

 ホアンキエム湖。ハノイの中心に位置する湖。ハノイを訪れたら必ずといっていいほどツアーに組み込まれ訪れる場所です。湖といっても周囲1.75kmの小さな湖。夏でも比較的涼しい朝には太極拳に似たウーシュウやエアロビクスで健康維持を図る人たち、社交ダンスを楽しむ男女、バドミントンやダーカウなどスポーツに興じる人たちで湖畔はあふれます。「笑うヨガ」なる妙なヨガで数十人で大笑いしている集団も見受けられ、賑やかなハノイの朝がはじまります。

 週末には周囲は歩行者天国となり、車両の通行は禁止され、家族づれやカップルで若い人たちがそぞろ歩きをしています。出店で買い食いをしたり、広い道路を利用してダンスを踊ったりする姿もあります。

 ホアンキエム湖のホアンキエムを漢字で表すと「還剣湖」となります。別名「ホーグム」とも言われ、こちらの意味は「剣の湖」です。

 11世紀に宋からの独立を果たした李朝・大越。陳朝、胡朝と代わっても独立が保たれていましたが、15世紀永楽帝の時代の明国に敗れ、その支配を受けます。ベトナム各地で明からの独立を掲げた蜂起が起きます。その一人レー・ロイは苦戦が続くも龍軍神からもたらされたとされる神剣を手にするや連戦連勝、ついに明軍を追い出し、国の独立を果たして後黎朝を興します。

剥製となった大亀の標本

 王となったレー・ロイはある日湖で船遊びをしていると、湖面に一匹の金色をした大亀が現れ、彼が身に帯びていた剣を口にくわえ、湖に沈みました。これは龍軍神の使いである金の大亀が中国を滅ぼすためにつかわした剣を取り戻したものだと伝えられています。以来、この湖は「剣を還した湖」すなわち還剣湖、ホアンキエム湖と呼ばれるようになったと伝説は締めくくっています。

 この伝説を裏付けるかのように金色の大亀は長年このホアンキエム湖に生息していました。学名Rafetus swinhoei、和名シャンハイハナスッポンという亀です。私は湖面に浮かぶ大亀の頭を2回ほど目撃したことがあります。ハノイに長年住んでいる人でも直接目にすることは稀でした。2016年に最後の亀が絶命して回収され、剥製となり、現在は1968年に剥製となった大亀の標本と共に湖の中洲にある「玉山祠」に祀られています。

 この玉山祠は「三国志」の登場人物、関羽を祀る廟でした。横浜や長崎の中華街にある関帝廟と同じです。中国では関羽は商売の神様としても崇められています。孔子を祀る文廟に対して、関帝廟は「武廟」とも呼ばれています。その後、時代を経て現在では元寇を打ち破ったチャン・フン・ダオが前面に祀られ、関羽は祠の後方に祀られています。

 ホアンキエム湖にはもう一つ小さな中州があって、そこには「亀の塔」という名の建築物が建っています。この中州は元々、レー・タイン・トンの時代には王の釣り場であったもの。フランス植民地時代になると、ある阮朝の高級官吏が謀って自らの父親の墓とすべく3階建ての塔を築きました。フランス植民地時代から1950年まではこの塔の上にフランス本国から送られた「自由の女神」像が建てられていました。その塔がなぜ「亀の塔」と呼ばれるようになったのでしょうか。一説には元々この中州が「亀の島」と呼ばれていたからだとされています。

文廟「進士題名碑」の亀の台座

文廟「進士題名碑」の亀の台座

 文廟。こちらもハノイ観光に欠かせない場所です。文廟の中ほどにある「奎文閣」という建物の意匠がハノイ市のシンボルとなっています。ベトナムの10万ドン札にもこの「奎文閣」が描かれています。

 文廟とは中国古代の思想家、儒教の祖である孔子を祀った廟のこと。1070年、李朝のリー・ニャン・トンの時代に建立されました。1076年、同じ場所に国子監が設立され、貴族の子弟たちが儒学を学ぶ大学となりました。

 この廟には池をはさんで「進士題名碑」が並んでいます。この碑は15世紀から18世紀まで科挙の合格者「進士」の氏名が出身地と共に刻まれています。その数82基、1307名の名前があります。科挙とは中国の官吏採用試験制度で、ベトナムでも12世紀から官吏登用制度として科挙が採用されています。

亀趺(きふ)

 この進士題名碑の台座に当たる部分が亀の形をしています。これを亀趺(きふ)と言います。中国の後漢の頃にはじまった風習で、高位のものの墓石にはこの亀趺が用いられています。中国のならず朝鮮半島やベトナムにも伝わりました。亀趺が日本に広く伝わったのは江戸時代以降で、明が滅亡し女真族の征服王朝である清が興った際に日本に亡命した明の儒学者たちが朱子学と共に伝えたものと推測されます。黄門様でお馴染みの徳川副将軍・水戸光圀は儒学の一つ朱子学を亡命儒学者・朱舜水に学んだことから、自身の墓所や、光圀が建立した楠木正成顕彰碑は亀趺となっています。江戸東京博物館にある徳川家康像の台座も亀趺です。

 儒教の教典の一つ「礼記」において亀は龍、鳳凰、麒麟と共に世の太平を兆す四獣の一つとされ、儒教においては特に重要な生き物です。時代はくだり明の時代になると亀の形をした「贔屓(ひいき)」は龍の9人の子のうちの一人で重いものを背負うのが得意とされたことから、亀趺の亀は「贔屓」であることになりました。ちなみに「えこひいき」の「ひいき」はこの贔屓が語源です。

 スペイン・バルセロナの建築家ガウディ未完の建築物、ザグラダ・ファミリア教会の入り口の2本の柱も実は亀が支えています。片方がリクガメ、もう片方はウミガメとされていて、ガウディは中国の亀趺のことを知っていたのか、はたまた偶然の一致か興味はつきません。

ベトナム最古の城跡・コーロア城の「金の亀物語」

コーロア城址

 ハノイの郊外にあるベトナムに現存する最古の城跡、それがコーロア城址です。あまりメジャーな観光地ではありませんが、ハノイの中心部から車で30分ほどしかかからない場所にありながら、周囲はのどかな農村風景が続き、バイクの喧騒から離れて市街地とは異なるベトナムの魅力に触れることができます。

 コーロア城は紀元前2〜3世紀に栄えた半ば伝説的なオーラック国の城です。中国の「史記」などの歴史書などにも記されています。3つの城壁に囲まれた三層の螺旋構造をなし、最も外側の周囲は8kmにもなります。城壁の高さは平均4〜5m、場所によっては8〜12mの高さがあったとされています。現在は土塁となって城壁の一部が残っているのみです。

 この城の築城にあたり王であったアンズンブオン(安陽王)はキムクイ(金色の亀)の助けを借りて城を築いたとの伝説が残されています。そしてキムクイとの別れに際して自らの爪を王に与え、これで弩(いしゆみ)を造れと命じます。弩とは今でいうクロスボウのように弓矢を発射する装置のことです。この弩は一本の矢で数千の敵兵を打ち破ることができました。堅固な城と弩のおかげでオーラック国は平和な国として栄えます。

チョウダ(趙陀)

 中国南部に国を興したチョウダ(趙陀)はオーラック国を征服しようと試みますが、城と弩に守られた国は容易に攻略できません。そこでチョウダは息子のチョントゥイ(仲始)をアンズオンブオンの娘ミーチャウとめあわせ、一時の和平を試みます。

 二人は仲睦まじく過ごしますが、夫のチョントゥイは父の命を忘れず、妻ミーチャウからキムクイの爪で造った無敵の弩の秘密を聞き出します。チョントゥイはその弩をニセモノと交換し、父の元へ逃げ帰ります。そしてチョウダはオーラック国に攻め込み、金の亀の爪で造った弩を失ったオーラック国は負けてしまいます。

 アンズオンブオンは娘のミーチャウと馬で逃げますが、追手が迫ってきます。そこへ再び金の亀キムクイが現れ、裏切り者は娘のミーチャウだと伝えます。王は激怒してミーチャウの首をはね、自らも海に入水して消えます。ミーチャウのことが忘れられないチョントゥイはミーチャウの遺骸をみて嘆き悲しみ、自ら井戸へ飛び込んで死んでしまいます。

 このベトナム版「ロミオとジュリエット」の伝説は1941年ハノイを訪れた詩人・森三千代によって「金の亀物語」としてまとめられ、1942年にはそれを元に宝塚少女歌劇団の「安南伝説・コーロア物語」として上演され、好評を博します。

 コーロア城には後年建設されたアンズオンブオンを祀った神社やチョントゥイが身を投げた井戸、ミーチャウの廟などもある。悲劇の伝説の王やその娘たちを偲びつつ、ハノイ郊外の農村風景を楽しんではいかがでしょうか。

文=新妻東一

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