車窓から今のベトナムを知る/ベトナム「鉄旅」のススメ

 テレビ朝日「世界の車窓から」1987年に放映が開始された長寿番組です。スポンサーは富士通、オープニングの音楽もナレーションもお馴染みのもの、当初からずっと変わらず続いています。
 2023年2月にベトナム編のロケが18日間敢行され、同年4月から7月にかけて放映されたので、ご覧になった方もあるかと思います。
 私は、このロケのコーディネートをおおせつかりました。ホーチミン市を起点にハノイまで約1800キロの鉄道の旅です。観光地を訪ねつつ、列車を乗りつぎ、実際に撮影班が旅をした様子を撮影し、編集、番組として放映しています。
 撮影の際には本当に仕込みもやらせもまったくありません。撮影班がその場で乗客や観光客、お店の人などに声をかけて撮影したものです。
 私自身はベトナムと関わるようになってすでに40年を経過していますが、ベトナム南北を走る統一鉄道を使って始点から終点の駅まで乗車して旅をしたことはありませんでした。今回のロケではじめて体験しました。普段飛行機で移動するばかりの私もはじめて陸路、それも鉄道を使って南北を移動したことで、見えてきたベトナムの景色はそれまでとはまったく違ったものになりました。ベトナムを旅する時は、ぜひ鉄道を利用した旅「鉄旅」もおすすめいたします。

 新橋から横浜まで日本初の鉄道が開業したのが1872年、明治5年。ベトナムではそれから遅れること7年、1885年にサイゴン(現ホーチミン市)からメコンデルタの街ミトーまでを走る鉄道が開通しました。それがベトナムの鉄道の歴史のはじまりです。
 日本ではその後、民間鉄道が雨後の筍のごとく敷設され、日露戦争を境に軍事的な要請から鉄道は国有化されました。私鉄とともに国鉄の線路網は日本国中に張り巡らされ、日本人の生活にとって鉄道はかかせないものとなりました。
 かたやベトナムでは、フランス植民地政府により19世紀末に仏領インドシナの鉄道網が計画され、中国・雲南省から中越国境、ハノイを経て港のあるハイフォンまでを結ぶ滇越(てんえつ)鉄道が敷設されました。その後、ハノイからサイゴンまで南北1700キロを結ぶ鉄道の建設がはじまり、全通したのが1936年です。
 第二次世界大戦時には日本軍が仏印、今のベトナム、ラオス、カンボジアに進駐し、中国国民党軍への補給を断つという名目で、雲南に向かう線路はひきはがされ、米軍による空爆によって南北鉄道も攻撃を受け、寸断されてしまいました。
 戦後も植民地独立の戦争をフランス、続いてアメリカと戦わざるをえず、鉄道線路は互いに補給路として攻撃対象となり、破壊と修復が繰り返され、鉄道路線は大きく発展することなく、南北統一の時代を迎えました。1976年12月にはハノイからホーチミン市まで1700キロに及ぶ鉄道が再開通しました。
 1975年以降から1990年代はじめまで、ベトナムは政治、外交的に孤立、米国の禁輸政策は継続しました。経済的にも苦しい時代でした。当然、鉄道網の発展を見ることはできませんでした。
 日本のベトナムへの政府開発援助(ODA)が再開され、日本の支援によって鉄道橋などの改修もすすみ、南北統一鉄道もより安全に運行できるようになりました。
 ただ時代はモータリゼーションの時代。国の復興にあっては道路の開発が優先され、市内での乗り物も自転車からオートバイに変わり、長距離移動にはバスが使用されました。鉄道の開発は日本のように進まなかったのです。
 おかげでベトナムの南北統一鉄道は軌道幅は1000m、メーターゲージ、単線で電化もされておらず、長年使い込まれた中国製やインド製のディーゼル機関車が客車や貨車を牽引している状況です。

 ベトナム鉄道で2023年7月現在、運行している路線は3つあります。一つはハノイからホーチミン市まで1726kmを走る南北統一鉄道。もう一つはハノイを起点として港町ハイフォンに伸びるハノイ/ハイフォン線、そうして三つめは同じくハノイを起点として中越国境の街ラオカイを終点とするハノイ/ラオカイ線です。他にも鉄道路線はありますが、コロナ禍で旅客輸送は運休し、再開のめどはたっていません。
 乗車券は駅で購入するか、ネットで購入します。普通車ならベトナム鉄道のサイトから購入します。ただしベトナム語表記しかないので、心配な人は高級な車両を民間の英語版チケット販売サイトから購入するのがいいでしょう。高級車両は料金が少し高いものの、座席の清掃もゆきとどき、トイレも清潔に保たれているので、女性客にも安心です。
 チケットは印刷して持参するか、スマホに保存して、改札で駅員に提示すれば構内に入場できます。客車に乗り込む際に再び改札があるので、客車の入口にたつ車掌にチケット提示しましょう。
 チケットに記入された号車とブース番号、座席番号を確認して自分のブースに乗り込みます。荷物は座席の下にいれます。普通車はソフトシート、4人寝台、6人寝台とあります。距離に応じて座席は選んでください。寝台車は主に長時間乗車して、横になりたい客には便利です。
 客車には、トイレ、洗面台、給湯器が備え付けられている。食事の心配もありますが、朝、昼、晩と作りたてのフォーやおかゆ、たきたてご飯と惣菜を売りにきます。料金も庶民的でリーズナブルなので心配はいりません。言葉が通じなくとも指差しで注文してみましょう。
 食堂車も接続されているものの、営業しておらず、車掌さんたちの休憩所となっていることが多いので期待はできません。
 ビールや飲み物、ちょっとしたスナックや果物などの車内販売もあります。
 南北統一鉄道はすべての車両でエアコン付き。窓も開けることはできません。以前のように停車中に窓を開けて売り子が観光地の特産品を差し入れてくることはありません。ちょっと残念です。
 あとは目的地まで鉄旅を楽しみましょう。鉄道の旅で楽しいのは同室となった、他のお客様との会話や車窓をながれる風景。売りに来た飲み物、食べ物をつまみながら、ゆったりとした時間を過ごしましょう。
 私が「世界の車窓から」で実際に見た、おすすめの車窓風景を次にご紹介します。

 ひとつは、風力発電所が立ち並ぶニントゥアン、ビントゥアン沿岸です。ベトナムも電力源を化石燃料から再生可能エネルギーへと転換を進めています。2021年までに建設された再生可能エネルギーによる発電所には固定価格買取制度(FIT)が適用されるとあって、ベトナムでは風力発電所、太陽光発電所が次々と建設されました。結果、ベトナムの電源構成の2割は風力、太陽光など再生可能エネルギーとなるまでにいたり、世界的にも再生可能エネルギーの投資額で世界第8位の地位を占めています。ニントゥアン省には元々原子力発電所が建設される予定でしたが、東日本大震災による福島原発事故後、ベトナム国会で計画中止の決定がなされた場所です。風力発電機がいくつもならぶニントゥアンの平原に世界のありうべき未来をみた気がしました。
 もうひとつは、ダナン〜フエ間を移動する際に通過するハイヴァン峠をめぐる鉄道路からの景色です。ダナンを出発しフエに向かうとほどなくしてハイヴァン峠にさしかかります。右に海を、左に山を眺めながら、客車は徐行してゆっくりとすすみます。むせかえるような緑の濃い熱帯の樹々と植生、そして青々とした深い海の色。そのコントラストは我々の目を楽しませてくれます。100年以上まえに建設されたU字方のドンカ橋も見どころの一つです。南北統一鉄道の中でももっとも美しい車窓風景だといわれています。この場所を通過する際には晴天であることを祈りたいですね。
 三つ目のベトナム鉄旅の車窓風景ベストは、市街地を走る際に家々の軒近くを走るときです。もう手を伸ばせば届きそうな距離を軒すれすれに進みます。車窓の向こうには洗濯物や家の窓の向こうで生活する人々の姿までが身近にせまってきます。伸びすぎた木の枝が車体や窓をこすることさえあります。スリル満点な景色です。
 ほかにも日本人の風景と共通する田んぼ、北部を走り抜けるときには石灰岩質の岩山がまるで山水画のような陰影をみせてくれたり、車窓風景はみていても飽きがこないのは不思議なものです。
 ベトナムを飛行機で短期間に各都市を見回ってもよいですが、もし時間に余裕があるのであれば、ぜひベトナムの鉄旅にトライしてみてはいかがでしょうか。

文=新妻東一

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