ベトナム企業と提携し、クラウドサービスを提供する日系IT企業/IIJグローバル・ソリューションズ・ベトナム社・代表取締役社長 松元涼

 この半世紀ほどの情報通信分野での技術革新は目覚ましいものがある。私が生まれた時点ではすでに固定電話と白黒テレビが我が家にはあった。その後、テレビは白黒からカラーへ変わり、会社に入社したころには会計処理のためのミニコンが導入されていた。
 ただ海外との通信手段はテレックスといって、テキストデータを電話回線を通じて送信するシステムだった。入力方法はタイプライターのようなもので、紙テープに穴をあけて、それを機械にかけて送信したものだ。日本とベトナムとの間ではまだ即時通信ができず、オペレーターにつないでもらってから送受信が可能な「待時コール」しかできなかった。
 その後、ファックス、パソコン、インターネット通信が次々と可能になり、海外との連絡も低コストで利用でき、テキストデータのみならず、音声や画像など大量の情報を瞬時に送受信できるようになった。
 携帯電話も当初は音声通信のみだったが、やがて「写メ」といって写真をメールに添付して携帯電話同士で画像を送受信できるようになった。スマートフォンが現れてからは、動画だって送受信しあうことが当たり前のようになってしまった。
 振り返ってみれば、私などはまさにリアルタイムで、この急激な情報通信分野での技術革新を体感してきたことになる。
 一方、ベトナムはこうした時代を一っ飛びして、固定電話が普及するより先に携帯電話が国民の間に広まったほどだ。スマートフォーンもいまや老いも若きも1人一台の時代。まさにリープフロッグ、カエル飛びの飛躍を遂げている。

 いまや情報通信こそが電気や水道などのライフラインと同様に、社会インフラとして重要なものになっている。経済発展と国民生活になくてはならないものだ。その社会インフラとしての情報通信分野において、ベトナムの技術確信に貢献する日系企業がある。そのひとつが今回ご紹介するIIJグローバル・ソリューションズ・ベトナム社だ。
 今回お話しを伺ったのは同社社長の松元涼さん。ベトナムにおける情報通信分野での新規事業開発に関わって10年、現地法人を立ち上げてから8年、ハノイに滞在して同社を成功に導き、今もなみいる国内外の競合相手との競争に勝ち抜くための努力を続けている。
 コロナ禍ではじまった本インタビューはリモート取材がお約束なので、今回の取材もリモートで行ったことをお断りしておく。

 「出張でハノイを訪れたとき、仕事があるのか、お金もあるのかわからない人たちがゆっくり道端でのんびりお茶している姿に、仕事で疲れ切った人たちばかりの東京では目にすることのない光景でした。活気があると同時に昭和的な古さも残している街に心奪われてしまったんです」
 ベトナムに赴任するにあたり、松元が赴任先としてベトナムを選んだ理由を問われ、そう答えた松元。
 IIJは株式会社インターネットイニシアティブで、1992年に設立された日本初のインターネット接続サービス会社だ。NTT、KDDI、伊藤忠などが株主に名前を連ねる大企業である。その説明の必要もないだろう。
 2012年、松元は国際事業部に配属され、主に欧米向けの事業開発に携わっていた。2014年に東南アジアでの新規事業開発をテーマに与えられて、タイ、インドネシア、そしてベトナムの中から担当を選べといわれ、ベトナム担当として自ら手をあげた。理由は上記の通りだ。

 相手国での事業パートナーと組むことがまず課題となった。松元はベトナムの国営通信事業者であるViettelやVinaphoneなどとの提携を模索した。しかしうまくいかなかった。やはり相手が国営企業だったので、いいようにあしらわれたり、相手の意思決定にも時間がかかるなど障害もあった。タイ、インドネシアではそれぞれ事業パートナーが決まり、進出も決まったが、ベトナムは難航した。
 「縁あってFPT Telecom社と出会い、クラウドビジネスを共同で展開することで合意できた」のが2015年のことだった。そして2016年の半ばにはIIJ社のベトナム進出とあいなった。以来、クラウドサービスの提供をはじめ、サイバーセキュリティ関連サービスもビジネスとして展開している。
 日本の昭和のような「良さ」が残っているベトナム。マネジメントにも「昭和」を取り入れていると語る松元。
 「飲み会や社員旅行といった、かつての日本では盛んに行われていて、いまは全く目にしなくなった社内の行事も積極的に取り入れています」
 郷にいれば郷に従え、ベトナムで事業を行うためには最先端のIT企業といえども、ベトナム企業、ベトナム人スタッフが喜ぶことはベトナム式なんだそうだ。
 
 ベトナムでのビジネスをやっていて注意しているところや日本との違いについて、松元に質問を投げかけると、彼は「判断のつけ方がまったく違いますね」と答えた。
 日本であれば、投資なり、事業なり、なにかを新しくはじめる際には、短期、中期、長期の見通し、あらゆる情報を集めた上で判断し、リスクを最小限にしようとする、場合によっては、そのプロジェクトそのものを実施しないという決断をすることもある。
 「しかし、ベトナムはまったく逆なんですよね」という松元。短期間で決断を迫られる内容であれば、多少情報は不足していても、意思決定を優先して、まずはそのプロジェクトをはじめてしまう。まずはスピード感を優先し、重要な点のみフォーカスして、瑣末なことは気にしない、情勢判断も柔軟、悪く言えば「ころころ変わる」、日本人、日本企業にはなかなかできない。
 「私たちはベトナムに住んで暮らして仕事しているで、むしろそのベトナムの判断のつけ方の方をよしとして、むしろ日本人や本社に説得してまわる役回り」なのだと松元はいう。

 自らのビジネスそのものでは、クラウドサービスは2017年ごろまでは苦戦したそうだが、2018年から徐々にクラウドサービスへの認知が進み、日本からは10年から15年遅れて、まさにタイムマシン効果、よいタイミングでの新規事業展開だったと振り返る。
 そしてさらに追い風になったのはコロナ禍だった。2020年、ベトナムでもリモートワークが推奨され、オフィスに集まることなく、自宅やカフェ、田舎の実家からパソコンやスマホを用いて仕事ができる環境を整えなければならない企業が増え、クラウドサービスなしにリモートワークが成立しないことを多くの企業、組織が認識した、その効果は非常に大きいという松元。「もちろん、コロナでたいへんな目にあわれた、亡くなられた方がおられるので、特需だなどと軽々しく口にするのは不謹慎なのかもしれません」とここでも謙虚だ。
 私の経営する会社でも、このコロナ禍で、クラウドサービスの小売販売ECサイトを立ち上げ、有機野菜販売に取り組んだ経験もある。コロナでヒトとヒトとの接触を避けながらも、仕事に取り組むためにはクラウドもネットもなくてはならないインフラであると多くの人々が認知できたのはコロナによる社会の変化が大きい。
 
 日系企業が同社のクラウドサービスを選択するのは、日本なみの品質管理と日本語対応が期待されている点で、アドバンテージがあることは容易に想像がつく。ただ、現在の顧客の8〜9割はベトナム企業とのこと、Viettelなどのベトナム現地資本のIT企業との競合、さらにアマゾンやグーグルなどの海外勢との競争も考えにいれなければならない。特に海外勢は現在、ベトナム市場をシンガポールなど近隣諸国からコントロールしている段階だが、国内に営業拠点のある同社に優位があるにしても、市場規模が一定拡大すれば、今度はシェア争いへの段階へと進むであろうと松元は覚悟しているようだ。
 「現在の本当の競合とは、まだ日系企業にしろ、ベトナム企業にしろクラウドサービス導入に際してセキュリティ面や、内省化で抱えているIT技術者の仕事が奪われるのではないかとの懸念もあり、導入に消極的になって、検討はしたが『石橋を叩いて渡らない』顧客にどうアプローチするかの方がまだ大切」だと松元はいう。

 また最近では、ベトナムでもサイバーセキュリティ法や個人情報保護法など、IT企業にとっては後ろ向きとも思われる施策がとられるようになっているがと松元に尋ねた。
 「EUをはじめ、データ・ナショナリズムは世界的には必然的で、避けては通れないものと認識しています。元々インターネットは自由度の高い、誰でもアクセス可能な開かれたものであるべきだとは個人的には思っていますので、ちょっと寂しい気もしますね」
 特に個人情報や金融情報などは物理的に国内にとどめておきたい、あるいは、ITの大企業にデータを独占されてしまうのではとの懸念に対して歯止めをかけたいというのはあって当然のことだともいう。

 ベトナムはITをグリーンでクリーンな産業として、その発展を自国の産業政策の中心においている。
 「コロナ禍でも、国のコロナ関連アプリが3つも4つも出てきて、統一してほしいなぁと思いつつも、スピード感をもってDX、デジタル・トランスフォーメーションを進めているベトナム政府の態度は好感がもてますね」
 ただ、松元は、ベトナムのIT産業政策に対して懸念もあるという。
 「まず、データセンターのキャパシティが足りていません。アジアの中でもIT投資はまだまだです。この点ではベトナム政府はデータセンターへの土地、建物などへの補助金や税制などの政策的な後押しが必要だと思います」
 同時にクラウドサービスやAI(人工知能)を支えるためのデータセンターは電気を大量に消費するが、その電力の供給量が十分に足りていないという。
 「ベトナムは固定電話が普及する前に携帯電話が普及するほど、リープフロッグ、カエル飛びに産業の発展を見せましたが、しかし、社会インフラを段階的に積み上げてくる時間がなかったために、電力問題ひとつとってもIT産業発展にはベトナムなりの課題があります」

 どの企業にあってもクラウドサービスの利用は避けて通れない道であると信じている、自社サービスの維持、そして存在感を示し、さらなる発展を目指すと意気込む松元。
 「すでに8年が経過しましたが、まだ当面はこのベトナムで仕事をしますよ」と笑顔でインタビューをしめくくった。

IIJグローバル・ソリューションズ・ベトナム社
IIJ Global Solutions Vietnam Company Limited

プロフィール

2016年ハノイに創立、代表取締役は松元涼。NTT、KDDI、伊藤忠などが共同で出資のインターネット・イニシアティブ社のベトナム子会社。ビジネスパートナーはFPT Telecom社。クラウド事業、ITコンサルティング・サイバーセキュリティサービスを提供。

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