Bizmatchベトナム日系企業インタビュー第2回:日越農産/那花正次郎

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日越農産/那花正次郎インタビュー

 「イチゴはずるいフルーツなんですよ」とインタビューの開口一番、切り出したのはインタビュイーの方だった。「赤くて可愛くて愛らしいでしょ。女性と子どもに好まれるんですよ。だから男たちはただただお財布を開くしかない」と笑う。

 ハノイから西北に車で4時間、標高1000mの山あいの街、ソンラ省モクチャウ。「こんなところに日本人!」という番組があるが、その番組の取材対象にぴったりな田舎に暮らし、日本式にイチゴを生産している農業法人がある。農業をやりたいばっかりにサラリーマンをやめ、ベトナム北部の田舎にいきなり飛び込んでイチゴを生産して10年。その「ずるいフルーツ」に魅入られてしまった日越農産代表の那花正次郎氏にインタビューをした。

 那花は茨城県生まれ。故郷には農家が多く、自分の同郷の友人たちも農業者が多い土地柄だ。ただ那花は東京の大学に進学し、卒業後は建設会社に勤めた。サラリーマンとして仕事は安定していたが、那花はもの足りなさを感じていた。自分の仕事が本当に世の中の人たちに喜ばれているのか?という思いだった。

 若い頃、那花の趣味は海外旅行、それもアジア各国を2〜3週間滞在するのが好きだった。なかでもカンボジアは何度も通った。カンボジアの人々の素朴さに心打たれた。カンボジアへの直行便がないので、ベトナム経由。経由地のベトナムも訪れた。ベトナムとの最初の「出会い」は最悪だった。バイクタクシーにはぼったくられるは、エセガイドにつかまって、最後には法外な料金を請求されるは、さんざんだった。「そのガイドは最後には泣きをいれてくるんですよ、その言い分に、よし、もうわかったとなった」

 バックパッカー仲間には「インドとベトナムは好き嫌いが二極化する」といわれていた。ボッタクリやスリ、ひったくりなど、その国でひどい目に遭うと、二度といくものかと嫌いになる人と、いや人間臭くて面白いじゃやないかとその国を好きになる人だ。那花は後者だった。ベトナムの歴史や戦争に関する本も手にするようになっていた。

 2009年、東京に暮らす人たちへの就農を促す農業セミナーが秋葉原で行われた。そのセミナーに同郷の先輩に誘われて那花は参加した。大手のイチゴ生産法人によって催されたものだった。その法人が紹介してくれたのが、那花をベトナムへと導いた大塚良夫だ。那花は年齢に似合わず、それを「縁」と表現する。

 大塚は得意のイチゴ生産をベトナムで行うことで貧困対策になるのではとボランティアでイチゴの生産を開始した。ある程度の道筋をつけ、自分が66歳と高齢であることもあって後継者を探していた。那花はその話を聞いて「ベトナム」で「農業」ができるとあって一も二もなく手を挙げた。迷いはなかった。

 2010年、那花は東京でのサラリーマン生活に終止符を打ち、ベトナム北部のモクチャウへと移住する。那花は31歳、ある意味怖いもの知らずだったから決断できたともいえる。
 那花は茨城県出身であったものの、実際に農業に携わった経験はなかった。ましてやイチゴは栽培管理がきわめて難しい作物でもあった。「ベトナムは高温多湿でしょう、イチゴの病気や害虫がでやすいんですよ、肥料や水がイチゴの品質や産量にも影響するんです、その管理が難しかった」と那花。

日越農産のイチゴハウス

 イチゴ生産の師匠である大塚やイチゴ研究者や先輩に一から教わってイチゴ生産に取り組んだ。10年前のベトナムにはイチゴ生産に必要な資材がなかった。苗を植えるためのビニールポットや棚、マルチという畑の表面を覆うためのビニールシートだった。雑草の発生を防ぎ、水分の蒸発、病害虫の発生を防ぐものだ。

 「ベトナムにはマルチがない」と那花は大塚に訴えた。大塚は半世紀も前からイチゴの生産に取り組んでいた。その当時はマルチなどの資材はない。当時はマルチの代わりにワラを用いていたと聞き、ワラを使って代用した。「ないものはベトナムに今あるもので代用するということに気付かされた」と那花は当時をふりかえる。

 安全、安心なイチゴ作りをする上で、彼がたどり着いた結論は「総合防除」というやり方だった。農薬の散布作業は農業者にとっても重労働であり、間違った使い方をすれば消費者の健康をも害するものだ。もちろん農薬は使うものの、その使用を極力減らすため、天敵や防虫ネットなどの資材や有機物も使用し、まず病気や害虫がでにくい環境を作ることだった。

 ただこの「総合防除」であってもハウスや防虫ネット、遮光ネットなどの資材にコストがかかる。イチゴのように高付加価値の農産品ならば、そのコストを吸収できるが、単価の安いキャベツなどの野菜はコストの安い農薬を用いて病虫害を駆除する以外に手立てがないことも理解できると語る那花。

 今後の夢は?と尋ねると「イチゴのことでもいいですか?」と笑いつつ「イチゴの品質と生産の安定」という答えがかえってきた。イチゴの生産量と品質は常に天候に左右される。特に大数量を求めるスーパーは棚から商品がなくなることを恐れるので、天候の変動を受けても安定した数量を提供できるようにしたいというのが那花の願いだ。

 競合するのは韓国産イチゴ。彼らは1ヶ月分の販売量をコンテナに積み込み、オゾン殺菌技術などを用いて、常にイチゴが棚に並ぶように管理しているという。価格的にも競合するので、栽培管理の効率化が必須だという。

 「世の中は食って稼いで寝て起きてさてそのあとは死ぬるばかりぞ」という一休禅師の歌をfacebookのタイムラインでつぶやいていた那花。そのココロはと那花に問えば「サラリーマン時代は自分の仕事が果たして世の人に喜ばれているのかわかりにくかった。今自分がやりがいのある仕事をしていれば、働いて働いてそれで人生が終わっても悔いはないという意味にもとれる」と語ってくれた。

日越農産のイチゴ

 今やモクチャウはイチゴの産地として知られている。それは10年前、大塚と那花がこの地でイチゴ生産をはじめたことがきっかけだった。ずるいフルーツ「イチゴ」という小悪魔に魅入られた那花はモクチャウで「食って稼いで寝て起きて」充実した毎日をおくっているのだろう。

文=新妻東一

日越農産/那花正次郎

那花正次郎

経歴
1979年茨城県生まれ。大学卒業後、建設会社に勤めるも、農業起業の夢捨てがたく、2010年ベトナム・ソンラ省モクチャウに移住しイチゴ生産に取り組む。
現日越農産代表。

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