自動車・オートバイメーカーとともに命を預かる仕事との自負をもつ熱処理加工業者/メタルヒート社・社長ルー・ヴァン・ダイ
- 2025/01/06
- ベトナム企業インタビュー
「コロナ禍では、日系のFDI企業の中国工場が閉鎖となってしまい、おかげで当社に仕事がたくさん舞い込んで、むしろコロナ禍で受注が増え、売上も増加しました。ただし、ベトナム政府の指令で、コロナに感染しないように工場内で寝泊まりして生産を続け、6ヶ月間家に帰りませんでした」そう笑いながらも、事なげに語るメタルヒート社の創業者にして社長のルー・ヴァン・ダイ。インタビュー取材の時間がちょうど自動車で移動する時間になってしまい、車中からZOOMでインタビューに応じてくれた。多忙な毎日を送っているのであろう若き経営者は終始笑顔で取材に応えてくれた。
ダイの経営する企業は社名の通り、熱処理・表面加工を専門とする金属加工の会社だ。熱処理といっても、しろうとの私は焼入れ、焼戻しなどの言葉を知っているだけでしかない。
そこで熱処理企業の社長にインタビューをするために、事前に予習をした。今回の学習には日本金属熱処理工業会のウェブサイトを利用した。
日本にはあらゆる技術や産業に対して工業会が存在する。ありがたいことにこれらの工業会はわたしのようなしろうとにもわかりやすい技術の説明をウェブサイトで無料で提供してくれている。
同工業会では、熱処理とはとの説明の冒頭に「赤めて冷やす」とある。つまり鉄などの金属材料を「赤めて」(加熱)、それをさらに「冷やす」(冷却)して製品の形を変えることなく性質を向上させる技術のことだそうだ。製品全体を加熱・冷却する一般熱処理と、表面だけに熱処理を加える表面熱処理とがある。
熱処理は、加熱温度や時間、冷却時間や冷却方法を加減することで、硬さや粘り強さ、衝撃や摩耗につよいなどの求める金属の性質に変化させることができるのだという。
表面熱処理は表面だけを熱処理するもので、主には高周波焼き入れ、浸炭焼き入れ、窒化などがあるそうだ。
これらの熱処理を経た鉄鋼部品は主に自動車・オートバイ、建機、産業機械などに用いられる。自動車においてはおよそ3万点の部品が必要になるが、そのうちの25%が鉄鋼材料で作られており、さらにその25%は熱処理が施されているという。まさに日本の二輪、四輪産業を支えてきた基盤技術といっていいだろう。
ダイはハノイ工科大学でまさにその熱処理を学ぶ。卒業は2011年のことだ。卒業後はベトナム企業に就職した。2018年には金属加工企業を知人とともに立ち上げるも、考えがあって、さらに2020年には現在のMETALHEAT社を自ら立ち上げたのだそうだ。
工場はフンイエン省に立地した。フンイエン省には住友商事が立ち上げたタンロン第二工業団地などがあり、日系企業がこぞって生産工場を立ち上げている場所だ。
敷地面積は600平米、熱処理を専門とする工場なので、米国製、中国製の窒化炉3、浸炭炉5、真空炉1、高周波誘導炉2を備えている。従業員数は15名、1日10トンの処理が可能な能力を有している。
主な客先はベトナムに立地する日系の外資企業だ。2024年には日本の有名なオートバイメーカー向けにオートバイ部品の熱処理を任されたという。今後は日系の自動車、家電や、日系のメーカーにワイヤーハーネスなどの部品を提供する下請け部品メーカーへの部品供給も目指し、2025年には工場面積を1500平米にまで拡張する計画だという。景気低迷にあえぐ日本などからしたら、来年生産を拡大しようとしている同社はまぶしいかぎりだ。
なぜ、熱処理を専門とする工場を立ち上げようと思ったのか、という私に問いに、ダイはこう答えた。
「ベトナムはここ最近になって自動車・オートバイ産業というものに触れた。その多くは日本の企業だ。日本の技術に比べてベトナムはすべての技術、なかでも熱処理分野は非常に遅れていたんです。だから自分は挑戦してみたい、そう思いました」
残念ながら日本を訪れる機会はまだなかった。その条件も時間もないが、将来必ず訪れたい国だという。特に、日本の熱処理技術をもつ企業はぜひとも視察に訪れたいのだそうだ。とても勉強家だ。
主に日系企業を相手にしてきたこともあり、日本人と接する機会も多い。その中でダイが
感じたところを話してくれた。
「ベトナム人はとかく、日本人は昔かたぎで、保守的に過ぎるとの意見を持つものが多いです。しかし、自動車やオートバイなど人間の命を預かる技術を扱う以上、精度や堅牢度にこだわるのは当然のことだと私は思います。スマホや電子部品とはわけが違うんです。そうした製品の技術で人命が失われることはまずありません」
そうダイは語り、自らの提供する熱処理工程についても、これは人命をあずかる技術なのだという強い自負があることが感じられて、たいへん好ましく思えた。
ダイはこれまでにも中国やタイなどにもたびたび出張したが、GDPが示す国の富がこれこれ増えたと言われても、その国でただモノの値段が上昇しているだけにしか過ぎないのでは?本当に豊かになったのだろうかと疑念をいだかざるを得ないと感じたという。むしろ大切なのは人生の目的を見つけて、それを実現する場所として自分に与えられた場所はベトナムなのだ、そう最近思うようになったとも語ってくれた。
冒頭にあったようにコロナ禍では6ヶ月間も工場に泊まり込んで生産を続けたというダイ。自宅は工場のあるフンイエン省ではなく、そこから10km離れたハノイ市内にあるという。自宅では妻と二人の子どもと一緒に暮らしているそうだ。その時に、日系企業からの注文を泊まりがけで生産した実績が買われて、今日の発展がある。来年は工場の拡張が待っている。大いに顧客を増やし、売上ものばして、同社はさらに大きな飛躍をみるだろう。多忙な中にもにこやかな表情をわすれないダイに同社の未来をみた思いだ。
メタルヒートベトナム株式会社
METAL HEAT VIETNAM JOINT STOCK COMPANY
プロフィール
2020年ハノイ市に創業。創業者はレー・ヴァン・ダイ。ハノイ工科大学に熱処理を学ぶ。工場はハノイ市のお隣、フンイエン省。主に熱処理・表面熱処理を専門とする金属加工企業。1日10トンの能力がある。従業員数15名。来年2025年には工場面積を約3倍の1500平米として、主に日系企業の需要に応えることを目論む。