「この4年間で心臓の皮も厚くなった?!」ベトナムカカオの「シングル・オリジン」チョコレート/BINON CACAO PARK 遠藤亜矢子さん

前回、本BizmatchでBINON CACAO PARKの代表、遠藤亜矢子さんを取材したのは4年前の2021年。ちょうどコロナ禍にあって、取材もオンラインで行った。だから4年前の記事を書いた際には、同社の商品を口にすることはあっても、実際にパークを訪ねたわけではない。

遠藤さんは大阪外国語大学でベトナム語を学び、留学も果たした。留学中に訪れたメコン川の支流にたたずみ、「自分は以前ここに暮らしていた、前世はベトナム人」だと思い込んだ。大手旅行会社、商社、人材コンサルティング会社勤務を経て結婚。駐妻として夫とともにベトナムに赴任すると同時に、勤めていた会社からベトナムにおけるレンタルオフィス事業の立ち上げを任された。事業は成功して黒字化を果たした。滞在5年で夫が帰国するタイミングで、ベトナムで40歳にしてジェラートショップを立ち上げ、そこでベトナムのカカオに出会う。以後、カカオの魅力に取りつかれ、カカオ農園で豆からチョコレートを一貫製造する事業を開始した。詳しくは前回の記事をご覧いただきたい。

<前回の記事>
「前世はベトナム人?!」カカオパークでカカオ農場体験とこだわりチョコの販売
https://vn-bizmatch.com/japanese-13/

今回は実際にBINON CACAO PARKに代表の遠藤さんをお訪ねして、実際に農園を見学し、ホットチョコレートとカカオティーを口にしつつ、お話をうかがった。

ベトナム・カカオ産業の現在地

新妻:本日はよろしくお願いいたします。遠藤さんをお待ちしている間に、ホットチョコレートをいただきました。カカオそのものの風味、コクがあるというか、普段口にしているココアとはまったく違う味わいですね。

遠藤:はい、その風味がここブンタウという土地でとれたカカオの風味そのものなんです。そのおいしさを皆さんに味わっていただくために、この場所でとれたシングルオリジンのカカオのみ使用したチョコ、カカオパウダーを作っています。

新妻:遠藤さんがなぜ、Farm to Chocolate、カカオ豆の生産から製品のチョコレートまでの製造を手がけるようになったかは前回の記事に譲るとして、まず一般的なベトナムのカカオ産業の現在位置について教えていただけますか?

遠藤:はい。カカオができる地域というのは、赤道直下の国々です。「コーヒーベルト」というのはご存知ですか?コーヒーが生産できる地域を「コーヒーベルト」といいますが、それと「カカオベルト」は重なっていて、ほぼ同じ位置にあります。ただ、コーヒーベルトの方が少し範囲が広いんです。カカオは「暑いところ」、一年中太陽が降り注いでいる場所が良いとされています。

新妻:コーヒー栽培では産地の標高の高さが重要視されるとききますが、カカオはどうなのでしょうか。

遠藤:そこがコーヒーとは逆なんです。コーヒーは寒暖差を必要とするため標高の高さを求めますが、カカオはあまり高さを必要としません。昼夜の寒暖差がありすぎると、その後の発酵工程で温度差が生じてしまい、あまり良くないのです。ですから、発酵までの過程を考えると、このバリア=ブンタウのような平地の方が向いています。

新妻:ベトナム国内での主な産地はどのあたりになるのでしょうか。

遠藤:大きく分けて3つの産地があります。西部と呼ばれるメコンデルタ、ブンタウからドンナイ、ビンフックにかけての南東部、そしてラムドン、ダックラックといった中部高原です。特に南東部やベンチェ(メコンデルタ)は良い産地だと言われています。

新妻:ベトナムのカカオ栽培の歴史についてもお聞かせください。

遠藤:2000年代初頭、今から25年ほど前に急激に広まりました。20世紀末には、国際機関やスイスなどのチョコレート消費国がメーカーと組み、ベトナムにカカオ産地を広げようというプロジェクトがありました。アメリカや日本の大手アグリビジネス企業が参画し、ベトナム政府もコーヒーやゴムに次ぐ新しい作物として歓迎しました。当時は農家を集めて研修なども行われていたんです。

新妻:順調に拡大したように思えますが、現状はどうなっていますか。

遠藤:実は、一度広がった後に栽培地が減ってしまった経緯があります。栽培開始から10年ほど経った頃、思ったほどお金にならない、あるいはドリアンやコメなど他にも換金しやすい作物があるという理由で転作が進みました。さらに、塩害や洪水被害などの影響もあり、ここ10年ほどは栽培地が減少し、逆に中部高原の方が増えてきています。

新妻:中部高原へシフトしているのですね。遠藤さんご自身は、どの地域のカカオが高品質だと考えていますか。

遠藤:私はベトナム全土のカカオが好きですが、味の好みは分かれますね。その中でも品質の高いカカオが作れるのは、やはりここ南東部とメコンデルタだと思っています。

BINON CACAO PARKの苦闘とこだわり

新妻:こちらの「BINON CACAO PARK」について伺います。ここは元々何の施設だったのですか。

遠藤:ここはこの地方のゴム公社の土地で、周辺の人たちの憩いの場のような保養地だった場所です。建物は居抜きで借りて、工場用に水回りや天井などを大幅に修理して使っています。

新妻:敷地面積はどのくらいあるのでしょうか。

遠藤:全体で池も含めて23ヘクタールほどありますが、私たちが使わせてもらっているのは8〜10ヘクタールくらいです。そのうち、2ヘクタールをカカオ農園にしています。

新妻:先ほど農園を見せていただきましたが、苗作りもされていますね。

遠藤:はい、今は2000本ほどの苗があります。農地を広げようと周辺の土地を探しているのですが、空港建設の影響やホーチミンに近いこともあり、地価が上がってなかなか見つかりません。地主さんも地価上昇を期待して、契約期間を5年や10年と短く設定したがるため、長期的な農業投資が難しいのが現状です。

新妻:農園経営といえば、4年前の取材時に伺った生産性の低い苗をつかまされた話が印象に残っています。

遠藤:ああ、あの件ですね(苦笑)。接ぎ木された苗だと偽られて、ただ種から発芽させただけの苗を買わされてしまったんです。

新妻:それはひどい話ですね。

遠藤:種をポットに入れれば勝手に芽は出ますから、それを「接ぎ木した」と言って売られたわけです。苗1本あたりの差額は1万ドン(約60円)程度ですが、金額そのものよりも、農園づくりに必要な1年〜1年半という時間を失ったことが、何より痛かったですね。

新妻:その苦難を乗り越えて、今は立派な木が育っていますね。栽培上の天敵などはいますか。

遠藤:リスがカカオポッド(実)を食べに来ますし、虫害も多いです。特に「カスミカメムシや、カイガラムシなどが大敵です。また、黒い斑点ができる黒点病などの病気にもなりやすいです。

新妻:そうした中で収穫されたカカオが、こちらの発酵施設に運ばれるわけですね。

遠藤:はい。ここでは木箱を使って自然発酵させています。最初はアルコール発酵が進み、温度が40〜43度くらいまで上がります。その後、酸素に触れさせて好気性発酵に移し、全部で6日間ほど発酵させます。ライムを入れたりイースト菌を使ったりして味を変える研究をしている方もいますが、うちはあくまで「自然発酵」で、あるものを活用して自分たちの味を作っています。

経営の壁と「シングルオリジン」の価値

新妻:工場内も見学させていただきました。機械化されている部分と手作業の部分があるようですが。

遠藤:基本的には「クラフトワーク」、つまり手作業中心です。以前、日本の機械メーカーから包装機の営業を受けたのですが、1台入れるのに数千万円と言われました。

新妻:それは中小規模のメーカーには大きな負担ですね。

遠藤:中国製ならもっと安いのですが、日本の機械だと約2000万円前後と聞き、、計算するとベトナムの包装スタッフの5−6人分の人件費に換算して、6〜7年分の人件費に相当します。5年で償却して元を取れる規模の商売なら良いのですが、自己資金にも限界がありますし、巨額な設備投資は難しいです。

新妻:それでも、大手企業との取引もあると伺いました。

遠藤:はい、取引先にはベトナムに進出している日本の大手企業が多くあります。日本ではなかなか取引が難しい大手でもベトナムだと比較的距離感が近く、パートナーとして選んでいただいていることは本当にありがたいことです。

取引先には、無印良品やコーナンのような小売流通、セブンイレブンのようなコンビニチェーン、日本航空など最前線で活躍する企業が多いのです。ベトナムに農園と工場を持ちこだわって製造してるからこそ、そうした企業の方々と取引できたのだと思っていますし、そのご縁には本当に感謝しています。

新妻:製品の特徴について教えてください。特にホワイトチョコレートやココアパウダーにこだわりがあるそうですね。

遠藤:はい。通常のホワイトチョコレートは植物油脂や脱臭・脱色したカカオバターを使うことが多いですが、うちはカカオ豆から絞ったそのままのバターを使っています。

新妻:絞ったまま、ですか。

遠藤:はい。黄色味がかっていて、カカオ本来の自然な香りがあります。植物油脂などの添加物を入れずに作っているので、他では見ないピュアなホワイトチョコレートになります。

新妻:ココアパウダーの方はいかがですか。

遠藤:こちらも「アルカリ処理」をしていません。通常はアルカリ化して色を濃くし、溶けやすくするのですが、そうすると酸味が消えて「フツーのチョコレートの味」になってしまい、豆の個性が失われます。私たちは「シングルオリジン(単一産地)」にこだわっているので、この土地のカカオが持つ本来の味や栄養価を維持するために、あえて自然のままの色と味で提供しています。

新妻:そのこだわりが、他にはない味を生み出しているのですね。遠藤さんのカカオ農園では、農園見学のほか、チョコレート製造体験やデコレーション体験、カカオの苗の植林や、バーベキューなども楽しめるそうですね。

遠藤:パークとしているのは、実際に農園でカカオとチョコレートの製造の工程に携わっていただき、お子さんや大人まで、チョコレートができるまでにどれだけの人手がかかっているかを知ってもらいたいと思ってサービスを提供しています。

カカオの世界的な不足と将来への展望

新妻:世界的にカカオ不足が叫ばれています。気候変動やアフリカでの生産減少により価格が高騰していますが、これはベトナムにとってチャンスではないでしょうか。

遠藤:チャンスだと思います。ただ、うちはメーカーとして原料を買う立場でもあるので、価格高騰はコスト増に直結し、昨年から今年の前半にかけては利益が出ず非常に苦しかったです。もし自社農園が20ヘクタールあれば、この価格高騰はプラスに働いたでしょうけれど、現状は2ヘクタールで年間2トン程度しか生産できないので、外部から買わざるを得ません。

新妻:大手企業の動きも活発化しているようですね。

遠藤:はい。最近では、日本の大手メーカーのブルボンさんが、ザライ省の大規模農地でのカカオ原料確保の動きを進めていると聞いています。
私自身も直接お話しする機会があり、ベトナムカカオの可能性に本気で注目していることを感じました。

新妻:フィリピンのバナナが病気で全滅の危機にあり、バナナ関連企業がベトナムへシフトしたように、アフリカのカカオ不足を補う形でベトナムが注目されているんですね。

遠藤:そうですね。バリア=ブンタウ周辺は地価が高いですが、もっと奥地のビンフックなどに行けば、まだ安く土地を借りて農地を広げられる可能性はあります。

新妻:遠藤さんご自身も、事業拡大のチャンスではないですか。

遠藤:そう言っていただけるのは嬉しいですが、私には「経営の右腕」が必要です。資金調達や対外的な交渉を担ってくれるパートナーがいればと思います。私も、商社や投資家の方々にベトナムカカオの可能性を売り込んで、次のステップへ進めたらいいですね。

新妻:一次産業が見直されている今、まさに「鉱脈」を掘り当てた状態かもしれません。また次回の取材では、さらに飛躍した姿が見られることを期待しています。

遠藤:ありがとうございます。この4年間でだいぶ心臓の皮も厚くなりましたから(笑)、諦めずに挑戦し続けます。


気候変動等によりカカオ生産・供給の大半を占めていたアフリカ諸国での不作により、カカオの価格が急上昇している今、東南アジア、なかでもポテンシャリティのある産地、ベトナムに注目が集まりつつある。カカオ豆の価格が上昇すれば、ベトナムの農家がカカオ豆生産を拡大する余地も生まれるだろう。商品作物としての価値が注目され、ベトナムでの生産拡大が期待できる。

「前世はベトナム人」を自認する遠藤さん。農園でもベトナム人相手にベトナム語でテキパキと指示を飛ばし、相談にものっている頼もしい経営者だ。

必要な投資を呼び込んで、ベトナムのこれからのカカオ豆生産拡大の波にのり、遠藤代表率いるカカオパークが大きく発展する未来をみてみたいものだ。

文=新妻東一

遠藤亜矢子
BINON CACAO JSC

プロフィール

大阪府出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)ベトナム語学科卒。卒業後は大手旅行会社に就職し欧州担当。ベトナムとの関わりをもちたくてベトナムと取引のある商社、そして人材コンサルティング会社へ転職。結婚を期にベトナム勤務となり、2016年にコンサルティング会社を興し独立。カカオ豆の貿易を手始めにカカオの魅力を知ってもらいたいとBinon Cacao Parkを2019年5月、バリアブンタウ省に開園、現在は同社CEO。

BINON CACAO JSC
http://binon-cacao.com/

Binon Saigon Chocolate:https://www.facebook.com/binon.socola

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下記よりお問い合わせください。


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新妻東一Sanshin Vietnam JSC マネージングダイレクター

投稿者プロフィール

1962年東京出身。東京外国語大学ベトナム語科卒。貿易商社勤務、繊維製品輸入を担当。2004年ベトナム駐在。2010年テレビ撮影コーディネートと旅行業で起業。

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