Bizmatchベトナム日系企業インタビュー第17回:STAR KITCHEN/荒島由也

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スターキッチン/荒島由也インタビュー
STAR KITCHENを支えてくれるメンバーたちと忘年会

〜将来の夢は「国会議員」!頭をぶん殴られたような衝撃からベトナムで料理教室経営

 小学校の卒業文集。すでに半世紀近く経った今、その卒業文集は私の手元にはない。記憶をたぐれば、私は当時ウルトラセブン、ガメラ、ゴジラなどの特撮映画が大好きだったので、将来は特撮怪獣映画を作りたい、と書いた。特撮怪獣映画ではないが、コーディネーターとして日越合作映画の制作に関わり、プロデューサーの誘いに乗って出資まで行った。夢は半分叶った。

 ここに、ある小学6年生の卒業作文がある。「将来の夢」という題名だ。「石油資源の枯渇、人口爆発による食糧の不足、僕はこれらの問題を解決するために、国会議員になりたい」とある。彼はその作文に公約まで掲げている。「(日本を)社会保障制度が整った国にしたい」「森林を東京にもっともっと増やしたい」と。

荒島由也/小学6年生の卒業作文
小学校の卒業文集 ”将来の夢”

 その12歳の少年が長じてベトナム・ホーチミン市で「STAR KITCHEN」という名のケーキ屋を経営している。彼の名前は荒島由也。コロナの影響で自らの仕事にダメージを受けながらも今回のBizmatch日系企業インタビューに快く応じてくれた。

 1983年、東京に生まれた荒島。幼稚園、小学校の頃から歴史マンガを愛読し、世界史が大好き。天命を受けて困難に立ち向かい、使命を果たす歴史上の人物の生き方、生き様に憧れた。荒島に尊敬する世界史上の人物をたずねた。「例えば、そうですね、チンギスハンかな。ヨーロッパからベトナム、日本にまで攻めいって、異民族を征服し、帝国を築きました。彼はダイナミックさと同時に繊細さを持ち合わせ、アメとムチを使い分けて、国を治めました。僕の幼い頃はまだ欧米の先進国が優れていて強く、アジアはそれより劣っているとのイメージが強かったんですが、モンゴル帝国の時代はアジアの時代。彼は欧州をも従えていたのだと知るとわくわくしました」

 高校時代から海外、外国への憧れもあった。英語も得意でアルバイトをしてお金を貯め、アメリカの西海岸へ短期留学に訪れた。英国ケンブリッジ大学のサマースクールにも参加。「イスラエルやポーランド、世界中から集まった人たちと交流しました。でも自分が習った世界はステレオタイプだと気づいたのです。イスラエルといったらパレスチナとの間で戦争ばかり、ポーランド人はドイツ人との確執を持っているに違いないとか。でもパレスチナ人はガザ地区に暮らし、イスラエル全体は平和で安全な国だと教わり、頭をぶん殴られるぐらいの衝撃を受けました」

 大学は慶應大学の政治学科に進学する。しかし政治学は理論的なもの。将来、国会議員、政治家を目指す荒島は自分の思っているものと違うなと感じていた。「大学の授業にパブリック・マネジメントをテーマとするものがありました。公共サービスをビジネスととらえる考え方で、その時にソーシャル・ビジネス、ソーシャル・ベンチャーという存在を知りました。世間一般では非営利法人、NPOといったら無償のボランティア、ぐらいにしか理解されていない時代にです」

 政治をビジネスととらえる、そのケーススタディとして選んだのが、バングラディシュの「グラミン銀行」だった。グラミン銀行とは経済学者ムハマド・ユヌスが設立した、貧しい人たちに無担保少額の融資を行う銀行で、マイクロファイナンスの先駆けだ。荒島は大学在学中に6ヶ月、インターンとして同銀行に飛び込んだ。「でもそこでは何も知らない日本の大学生に何かを教える余裕なんて誰もないんです。グラミンで働いている人たちは大学院卒で元世界銀行や外資銀行の経験者、報酬もスキルに対する対価として軽く一千万円はもらっている人たち。『あなたは何ができるのですか?』とスキルのない自分など役に立たないと、ここでもぶん殴られるような衝撃を受けました」

ホーチミン市にあるスターキッチン店舗
ホーチミン高島屋STAR KITCHEN店舗(オープン当時)

 自ら会社を興し働いていた両親の後ろ姿をみて育った荒島はいずれ独立、起業することを考えていた。大学卒業後、まずは自分に力をつけ、経営スキルを学ぼうと外資系のコンサルティング会社に入社した。ビジネスとは誰かの問題を解決してあげること、と考えれば社会的な目標、例えば貧困を解決することと、企業の経営問題を解決することは同じ。まずはマネジメントを学ぶためには「経営コンサル」が近道だと考えたのだ。

 ある日、荒島は大手都市銀行の本部長に組織改革プロジェクトの提案を行った。時あたかも2008年リーマンショックのさなか、コストカット計画の提案だった。「実際には経営も業界も知らない自分は完璧なパワポを作り、論理的には正しい提案を本部長に行いました。すると彼はこう言いました。『紙芝居はこれでおしまいにしよう。君は働いている人、人間がわかっていない。君はやったことがあるのか、人のクビを切ることを』と」論理的には正しいが、感情的には正しくないと批判されたのだ。

 荒島は三たび頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。いずれ独立起業しようと考えていた荒島はコンサルティング会社を退職し、独立することを決意した。どこで、そして何をやるか、荒島は考えた。

 「自分には異文化の人々と共にビジネスを作るのが得意という特性があると自覚していたので、場所は海外、それもこれから経済的に発展する東南アジア、中でもちょうど良い発展段階にあるベトナムに注目しました」

 中でも成功確率の高い分野での進出が望ましい。先進国にはあって、発展途上にある国にはまだ供給されていないモノとサービスを提供すること。そう考えた荒島がたどり着いた結論は「趣味」の習い事を提供することだった。

 「自分は日本人なのでアドバンテージは『日本』というイメージ。その日本を代表するのがすし、刺身、天ぷらに代表される日本料理。その日本料理教える料理教室を展開してはどうか、そう考えました」料理などしたことのない荒島がベトナムで料理教室をオープンしますと宣言、退職することに上司たちは呆気に取られながらも、快く送り出してくれた。

ベトナムでオープンした料理教室
企業のイベントで実施したケーキ教室

 ベトナムに渡り起業したのは2013年。荒島は早速ベトナムでどんな日本料理が好まれるのか、10種類の料理の試食会を実施した。刺身、天ぷらなどのいわゆる伝統的な日本料理から流行の欧米の料理も出したが、ベトナム人にその日最も好まれたのは既製品のオタフクソース。間に合わせに出した、まったく期待していなかったデザートのゼリーやケーキに人気が集まった。「ベトナム人はわかりやすいんですよ。美味しかったら何も言わずに食べ続ける。口に合わない時は美味しいというものの箸が進まない(笑)」

 「日本料理といっても煮物などはベトナム料理とかぶってくるし、すしなども素材で食べさせるもの。料理を習うというのは少し違った。お菓子でも和菓子は『餅』をつかうものが多く、ベトナム郷土菓子と何が違うの?ということになる。行き着いたのは非日常感、特別感のある日本の洋菓子を教える料理教室だったのです」

 日本の洋菓子の作り方を教える料理教室「STAR KITCHEN」の展開を開始、料理教室で教えるだけでなく、菓子、ケーキを購入したいという声に応えて洋菓子製造・販売事業も展開、創業3年目にしてホーチミン高島屋に店舗を構え、セブンイレブンなどのコンビニやスターバックスコーヒーなどグローバル企業と取り引きするまでになった。今ではスターキッチンはFacebookで22万人以上のフォロワーを擁するブランドに成長した。「ベトナムはトロピカルフルーツがふんだんにあり、それをデザートとして食べ慣れているので、ケーキをデザートとして食べる習慣があまりないんです。ただお祝いごとが大好きなベトナム人。そこで誕生日パーティなどのイベントに合わせたホールケーキなどの品揃えで『非日常感』を出すことで消費者にアプローチしました」と語る荒島。

料理教室「スターキッチン」
スターバックスで採用された看板メニュー「桜チーズケーキ」

 スターキッチンでの成功をもとにJETROのアドバイザーを務めながら、日系企業の海外進出支援を行うコンサルティング会社も今年新たに設立した。日本が抱える人口減少がもたらす労働力の不足、国内市場の縮小で、日系企業が自社の製品の市場を海外に求めるのは自明だ。荒島はこのコンサルティング会社設立を自分の将来の夢、国会議員、政治家になるための布石だということ隠さない。

 「日本では政治家になるには政治家の二世・三世か、政治家秘書、あるいは芸能スポーツの有名人であることぐらい。しかし自分はダークホース。海外進出の知見と実績を持った政治家として企業の海外進出を応援したいんです」

 『やったことがあるのか?』と問われても、今の荒島なら「STAR KITCHEN」で築いた実績で説得力を持ってコンサルティングできるだろう。政治家としても海外進出で苦労した経験を生かし、海外に市場を求める日本企業の支援にも説得力、実行力を持って行えるに違いない。12歳、小学校6年生当時の「将来の夢」をかなえるべく荒島は着実に歩みを進めている。

文=新妻東一

スターキッチン/荒島由也

スターキッチン
荒島由也

プロフィール

1983年東京都深川生まれ。2007年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業。卒業後、IBMビジネスコンサルティングにて勤務。2013年 ベトナム・ホーチミンで会社設立。初のジャパニーズクッキングスタジオ:“STAR KITCHEN”を展開。洋菓子の製造・販売も開始。2017年 日系企業向けマーケティング支援サービスを開始、2018年 ジェトロ・ホーチミン事務所「食品・農林水産分野コーディネーター」に就任、2019年 日本ニュービジネス協議会 グローバルアントレプレナー特別賞。2021年日系企業の海外企業を支援する(株)スター・コンサルティング・ジャパンを設立。

STAR KITCHEN:https://star-kitchen.jp/en/main.html

スター・コンサルティング・ジャパン:https://www.star-consulting-japan.com/

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