「敬天愛人」を座右の銘にクラウド型電子カルテと予防医学の普及でベトナムに貢献
- 2021/07/26
ベトナムの大病院はどこも患者が集中し、ごったがえしている。延々と待たされたあげくに患者は問診を受ける。医者が必要な検査を指示、指示書をもらって付き添いは会計にいき、検査費用を支払う。領収書をもらって検査室にいき必要な検査を受け、検査結果をもらって再び医師のもとへ。医師が検査結果をみて必要な治療と投薬を指示する。またその指示書をもって付き添いが会計を訪れ、支払いをし領収書をもって必要な治療を受け薬を受け取る。付き添いがあっても通院は1日仕事だ。お金もばかにならない。
ベトナムでは国の医療保険制度があるものの大企業や公務員でない限り健康保険証を持たない人も多い上、保険診療ではまともな診療を受けられないとあって、保険によらない自由診療を選択する人も多い。日本では健康保険証さえあれば日本全国どの病院でも受診でき、高度な医療を安価に受けることができる。国民皆健康保険制度のありがたみをこのベトナムで感じる。
今回インタビューに応えてもらうのはMEDRiNG VIETNAM Co., Ltd.の安部一真。クラウド型電子カルテをこのベトナムで普及させると同時にベトナムで増加しつつある肥満や糖尿病、生活習慣病といった病気を未然に防ぐ予防医療を推進しようと会社を設立、一昨年ハノイのイオンモール・ハドン店にスマートクリニックMEDRiNG TOKYO INTERNATIONAL CLINIC(METiC)もオープンさせた。
「立ち上げから昨年3月までは毎週ハノイと東京を往復してたんですが、コロナ感染が広がってベトナムに入国できなくなり、今は東京の事務所からオンラインでハノイの会社と仕事をしています」と安部。「スタッフもほぼ採用したばかりでコロナになってしまって。でもベトナム人責任者の一人は『くそ』がつくような真面目人間で信頼しています」
オンラインで仕事をするメリットは「どこでもドア」のように移動時間がなく効率的であるものの、スタッフの採用などにあたってはオンラインの限界も感じたという。「新しいスタッフの採用面接での人の見極めが難しいですね。当社は医療を扱っているだけに、その人の人間性を見極めたいのですが、直接会ってしか得られない要素もありますから」
そうしたオンラインの限界も知る安部だからだろう、彼のスマートクリニックの構想の中ではデジタル技術を用いた「遠隔診療」もそのひとつだが、彼はすべてをオンラインで完結させるのではなく、オンラインと直接診療とを組み合わせたものをめざすとしている。「医者が患者に問診するにはオンラインでもよいかもしれませんが、採血や心電図、血圧測定などの検査は患者さんに直接施して正確なデータを得たいと思います」
安部のスマートクリニック構想の根幹をなすのはクラウド型の電子カルテ「MEDi」の開発だ。ベトナムには約1.3万箇所もの診療所が存在するが、その99%が紙のカルテを使用している。あっても高価な電子カルテシステムしかなく、中小のクリニックでの導入には予算的に難しい。それをクラウド型にして安価に提供し、2022年の初頭にはサービス開始を予定しているという。「電子カルテというと業務の効率化が強調されがちですが、当社ではさらにAI技術を用いて医師に対する診断のサポートも提供することも目指しています」と意欲的だ。
ベトナムでは病気になったら病院にいく、といったケースが多い。ただ、それには診療費用にお金がかかるし、それを保険や税金で国が賄うにしても財政が圧迫される。それよりは病気を予防することが大切という。安部のスマートクリニックでは予防医療の提供も検討中だ。「ベトナム人は移動にバイクを利用しほとんど歩きません。ジョギングをするにしても子どもが外遊びをするにしても夏は暑すぎて運動ができません。そのため大人では糖尿病が、子どもでは運動不足や糖分の摂りすぎで肥満が急増しています」
おまけにコロナ禍によるステイホームで運動不足が目に見えて問題になってくる。そこで安部は「運動と栄養」という二つのアドバイスをクリニックの医師が対象者に施すことによって、コロナ禍でもダイエットし健康を保つプログラムを開発し、実際にモニター実施も試みている。この試行で85kgの体重のひとが6ヶ月で25kgも減量できたとのことだ。
私の7歳の末娘もスナック菓子と炭酸飲料が大好きで、コロナで家にずっといるのでひっきりなしにムシャムシャ食べてしまう。おかげで最近、小児肥満と診断されて困っていると話すと「それではご家族でこの肥満解消プログラムを取り組まれてはいかがでしょう?お母様もダイエットを希望されているなら親子で取り組むことをおすすめします」と安部にサービスの利用をすすめられた。
「実は私、4歳のときに父を失っているんです。父は不摂生による肥満で、もともと心臓病の多い家系だったのに注意を怠り肥満となり、30歳で急死したんです」と語る安部。「母も若くして母子家庭となり、遺族年金や高額療養費制度に私たち親子は助けられたと思ったのでしょう、母はいつも私に『自分たちは国に助けられた、おまえは将来日本の社会にお返しするのですよ』と教えました」
安部は東大法学部を卒業し、経済産業省に進んだ。そこで医療制度改革にも取り組む。日本の医療保険制度は優れているが、少子高齢化がすすみ、それでも税金が惜しみなく投入され、制度そのものの存続すら危ぶまれていたからだ。当時取り組んだのはデジタル化や遠隔診療による医療制度改革だったが、制度の壁に阻まれ実現はしなかった。
「たとえばガンの治療にはお金がかかる、しかしガンにならないための予防をすれば医療費はかからず、患者も国民も政府も助かると考え、経産省を辞め、独立しました。日本でもスマートクリニックの構想を試みましたがが、日本の医療保険制度の壁はやはり厚く、自分の構想を実現するために、低コストで良質な医療サービスが求められており、今後経済的な発展を遂げるであろう東南アジアの国、ベトナムに進出を決めました」
コロナによる困難もある、事業をすすめるための悩みもある。しかし「お天道様に恥じない生き方をしようと心に決めているので頑張れます。『天を敬い、人を愛する』、すなわち『敬天愛人』を座右の銘ともしています」西郷隆盛ですね、というと「生まれたのは鹿児島ですからね、でも生まれてまもなく引っ越したんですけど」と笑う安部。
最後に野鳥観察が趣味とフェイスブックにありましたがと安部に尋ねると「実は恐竜好きの9歳になる長男が鳥は恐竜の子孫であると知って、今度は鳥が好きになり観察をはじめました。自分も息子に付き合っていたら『鳥ってかわいいな』と思いはじめ、いまでは一緒に鳥の写真を撮影したり、日本野鳥の会にも入会しました」と安部。そしてこう付け加えた「鳥は地球環境のリトマス試験紙なんです。乱獲で絶滅しそうな鳥たちを大切にすることは地球を守ることにつながるんです」安部もまた息子に自分の思いを届けたいと思っているのだろう。
文=新妻東一
安部一真
MEDRiNG VIETNAM Co., Ltd. CEO
プロフィール
1984年生まれ。茨城県立土浦第一高等学校、2007年東京大学法学部卒業。経済産業省、ITベンチャーのSpeeeなどを経て19年にメドリング設立。
URL:https://www.medring.co.jp/
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