日本で金属加工技術を学んだベトナム人社員幹部が経営する日系100%子会社/ナカノプレシジョン有限会社

 日本の高度経済成長を牽引してきた電子・電気、自動車産業を下支えしてきたのは東大阪市や大田区などに集積する中小の部品メーカーであったことはつとに知られている。特に東大阪市は工場の密度において日本一の集積度を誇る街だ。「ケーレツ(系列)」に属さない独立した中小メーカーが水平的にネットワークを形成している点も東大阪市の部品中小メーカーの特徴だと言われている。日本や世界におけるシェアトップの企業が揃っている点も特筆にあたいする。ボーイング社へ航空部品を納めている東大阪の企業を中心に東大阪市の部品メーカーが人工衛星開発プロジェクトに参画し、人工衛星「まいど1号」の打ち上げ成功に貢献したことは記憶に新しい。

 こうした技術力に優れた中小部品メーカーであっても、バブル経済の時代に、キツイ、キタナイ、キケンな3K職場と敬遠され、経営者の息子ですら跡を継がず、熟練した工場労働者も高齢化し、高い技術を受け継ぐ後継者問題すら発生している。

 後継者不足、人材不足に悩む中小企業が選んだ道には二つあった。中国や東南アジアなどの発展途上国への企業進出と、海外の優秀な外国人人材を日本の企業、工場に受け入れることだった。

 ベトナムからも技能実習生のみならず、留学先の日本で就職するものや、ベトナムで大学、大学院を卒業した後、日本に渡って企業、メーカーに勤めながら、日本語と技術を学び、その後ベトナムに戻って起業したベトナム人社長や従業員にこれまで何人もこの「ベトナム企業インタビュー」で取材してきた。

 今回、取材をしたナカノプレシジョン社も東大阪市にある中農製作所という金属加工メーカーの100%子会社だ。ただし、日本人管理者、技術者は常駐していないというから驚いた。日本の同社で働いた経験のある2名のベトナム人管理者によって経営されている。日本の本社からは年に一度、監査に訪れるだけだという。

 お話を伺ったのは同社副社長のグエン・コン・リー氏。日本で働くこと6年半、週1回の座学と実地で覚えた流暢な日本語でインタビューに応じてくれたリー副社長。技術も経営も貿易取引も理解し、なおかつ日本語も堪能とあって、彼は日系企業にとっては頼り甲斐のあるパートナーになるだろうと思えた。

 ナカノプレシジョン社の日本本社は、同社ウェブサイトによれば、1949年にミシン部品製造を手はじめに創業し、1957年には中農製作所を設立、中小船舶の減速機、トラクターなどの農機具、自動車部品の製造するなど、まさに日本の高度経済成長とともに発展した東大阪市の企業のひとつだ。

 2000年代からは半導体製造装置、ロボットや産業機械部品の製造をも手がけ、中小企業庁による「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社」にも同社は選ばれたそうだ。

 2014年にはベトナム・ホーチミン市に駐在事務所を設立、2017年にはホーチミン市内にナカノプレシジョン社を設置し、日本の本社と連携した国際分業体制を確立したとある。

 ナカノプレシジョン社はホーチミン市のタンフー区タンビン工業団地に位置している。同工業団地はホーチミン市の空の玄関口、タンソンニャット国際空港の至近にある便利の良い場所に立地している。

 工場は840平米の敷地にブラザー、森精機など、金属加工機械のトップブランドのマシニング機械、NC旋盤14台を備えている。現在は主に油圧、空圧機械、半導体製造装置、医療機器、ロボットなどの精密加工部品を製造しているそうだ。

 ベトナムの加工産業の弱点として挙げられるのが、加工はできるもの、素材の調達が不得意だと言った点だ。加工メーカーによっては、素材を提供してくれたら、委託加工のみ行うとする工場も多い。しかし同社は金属素材を日本、台湾、韓国など、お客様の要望するコストや精度に見合った素材を自ら調達して、加工できることを強みとしている。

 また切削加工においては、丸物なら直径200mm、角物なら800 x 1500 x 100mmまで対応可能だ。精度も±0.01mm程度まで、数量も数十個から数千個にまで対応している。

 「中ロット生産を得意としている。また難しい仕事ほど当社に任せてほしい」とリー副社長はその技術力に自信のほどを見せる。

 材質は、アルミ、ステンレス、鉄、真鍮など、様々な金属類に対応可能なので、相談して欲しいそうだ。現在工場では、アルミ素材30%、鉄素材30%、そして特殊鋼SUSで40%を生産している。

 また、同社は加工、表面処理、熱処理、材料などで、合計29社もの現地協力工場のネットワークを有しており、お客様の希望に合わせた処理にも対応できると胸を張る。もちろん、日本で金属加工・処理技術を学んだベトナム人現地スタッフによる品質管理のもとで行われるのであれば、安心感も増すだろう。

 表面加工では、黒白アルマイト、ハード、鉄、三価クロム、電解ニッケルなどが可能だ。

 組立も5千から1万個のロットにまで対応している。組立はコスト面でもベトナムで任せてもらえればお客様にもメリットが大きい工程だとリーはいう。

 現在、同社の取引のうち、9割は本社向け、1割は日本やタイのお客様に直接輸出、あるいはベトナムに進出した日系企業に製品を納めているそうだ。副社長は、本社向けから他のお客様への直接輸出や国内納品を増やしたい意向だという。

 副社長のリーは、ホーチミン市工科大学を卒業後、ベトナムで3ヶ月間日本語を学んだのちに、日本に6年間滞在し、中農製作所で働きながら、仕事と日本語学んだという。3年間はマシニング機械を、その後の3年間は旋盤を実際に操作しながら実地に学んだそうだ。

 「日本語学校には通わなかったのですか」そう尋ねると、リーは「毎週日曜日にボランティアで日本語教えてくれる方の教室で日本語を3年間学びました」と答えた。

 主に漢字や文法を座学で学び、聞く、話すは工場内での日常会話の中で実地に学んだというから、これにも驚いた。仕事をしながらなので、日本語を学ぶ時間も十分にあったとは思えない。しかし、流暢な彼の日本語からは、当時日本で学んだ努力のほどがうかがえる。

 ベトナムに戻ってからは、2014年に本社の駐在事務所を立ち上げ、2017年には工場を設立した。彼は仕入れ、外注管理、品質管理、製造、営業と工場経営の各部門を一通り経験し、現在は副社長の地位を得たのだという。

 現在、ナカノ・プレシジョン社は、ダナンに工場用地を準備し、金属加工機械を30〜40台導入して、3次元測定装置も新規に導入、生産規模の拡大に挑戦する。当初は2023年内に建設を目指していたが、コロナ禍によって延期を余儀なくされ、2024年には新工場を建設、稼働を目指すと意欲を見せる副社長のリー。

 本社からも信頼されているベトナム人管理職とスタッフに、日本企業の技術が見事に継承され、さらなる企業の発展を共に勝ち取っていくであろう未来を見せてくれることだろう。

文=新妻東一

ナカノプレシジョン有限会社
NAKANO PRECISION COMPANY LIMITED

プロフィール

2017年、ホーチミン市タンフー区・タンビン工業団地に創立。日本・東大阪市の中農製作所の100%子会社。社長はホー・ダン・ナム。主に精密金属加工で、油圧・空圧装置、半導体製造装置、医療機械、ロボット部品などの製造を得意とする。切削加工はもちろん、素材調達から協力工場とのネットワークで表面加工、組立まで一貫して行うことができる。2024年にはダナンに新工場を建設し、稼働する予定。

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