日系企業に勤めて10年、その経験と知識を活かして起業/TMC工業技術材料有限責任会社

「2022年に当社を創立しました。当初は金属素材の原材料の売買、加工を請け負う会社でした。6ヶ月前には、日本の医療機器メーカーに機械部品を供給する工場を日本の会社との協力を得て設立しました」
 そう語るTMC社代表のチャン・マイン・チャウ。ZOOMを利用した取材だから、当人と対面で会っているのではないが、彼の地に足をつけながらも、堅実な野心をいだいたひとだな、画面の向こうに写るチャウの表情にそう感じた。
 60社近くのベトナム企業の経営者をインタビューしてきたが、なかでも日系企業で学び、日系企業相手に自社の製品を供給している企業の経営者は等しく、職人かたぎで誠実な印象を与えるひとがおおいと感じる。そしてチャウもそうした経営者の一人だ。

 チャウは2006年、ホーチミン市技術教育大学を卒業。その後15年間は、イタリアをはじめとする欧州企業をはじめ、工場設備や環境設備の日系メーカーに勤め、設計からプロジェクト管理、購買から輸出入までの会社業務全般を経験し、学んできた。
 なかには数千億ドンもの仕事を任されることもあったという。ベトナムには大きなプロジェクトを管理するための人材もなかったので、当初は日本をはじめ海外からの技術者やマネージャーの力を借りねばならなかった。チャウはかれらのもとで働くなかで、技術のみならずプロジェクトの管理、マネジメントをも学んだ。
 ベトナムではことあるごとに「技術移転」という言葉を耳にするが、まさに外国の技術、管理の技法を学ぶことだ。そしてその技術移転の結果、彼は会社勤めをやめ、起業する道を選んだ。
 「日系企業に勤めて、日本人からは『文化』を学びました。日本人の経営、働き方、カイゼン、5Sなど、工場経営に必要な文化を、です」そう語るチャウ。
 仕事をする中で、企業は自社に必要な部品やサービスをすべて内製化できるわけではない、巧みにアウトソーシングをして成り立たせていることも学んだ。これまでは発注する立場だったが、大手企業のアウトソーシング先として選ばれる立場になれば、起業して自らの工場や会社を持つことができることにも気がついた。
 2022年、まずは原材料や外部での加工を請け負う会社としてTMC社をドンナイ省ビエンホアに設立した。ドンナイ省のビエンホア市はホーチミン市から車で1時間の距離にあり、古くから工業団地があり、日系企業も多数進出している場所だ。
 幸いなことに、この半年前には日本の医療機器メーカー大手に部品を供給する日系会社と組んで、部品製造工場を立ち上げた。これが同社が製造業への道を歩むきっかけとなる第一工場となった。
 2024年10月には、1000平米の土地に新たな工場を設立した。レーザーカッター、溶接機などを備え、これも日系企業の鋼構造物と施工企業のS社と組んで、回転軸、ギア、スプロケットなどの部品を製造する工場だ。まさに絶好調だといえよう。
 鉄鋼やステンレス製のパイプや貯蔵タンクなど大型の構造物をつくる工場もある。この12月には月産50トンの製造能力を有する工場になるのだという。
 これらの製品は主にベトナム国内に進出している日系企業向けが7、80%だという。残りはオーストラリアやフランスの造船会社への輸出だ。いずれにしても外国の企業向けがほとんどだそうだ。
 なぜ外国企業ばかりと取引するのか?という問いに対して、チャウはこう答えた。
 「外国企業の求める技術基準は高く、品質要求も高いものがあります。大手企業がそれをこなそうと思ったら、コストは非常に高くなります。しかし我々は小さな会社です。外国企業向けの難しい仕事を選んで挑戦すれば、一方で人件費やコストは低く抑えることも可能です」そこに勝ち目があるのだと、そうチャウは胸を張る。
 2025年半ばには敷地も倍にして月産100トンの工場に拡大することを目論んでいるというから、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでの急成長だ。

 御社の経営で重視していることは?と問うと、チャウは日本語で「サービス」、そう答えた。サービスすることで顧客への信頼を勝ち取るのだ、という言葉が続いたので、ここはサービスする、ということは顧客に奉仕する、という意味のようだ。顧客に対して品質も価格もどちらもよいものを提供することにあるという。品質はもちろん大事だが、同時に生産の手順を改めて、生産効率を高めることで、コストの削減もはかること、彼はこれを顧客に「サービス」すること、ととらえているようだ。
 そしてそれを実現するためには、労働者、従業員を含め自分自身の思いや考え、意識の改革がどうしても必要になるんだ、そうチャウなりの経営哲学を語ってくれた。
 現在は30名が働く工場だが、これを来年には50名にまで増やして、生産も拡大したいと意欲も語ってくれた。自らの企業を小さな企業だと謙遜しつつつ、一方で生産の拡大のために工場の拡張も行い、成長を図るチャウの静かな野心は好ましく感じられた。
 
 中国や韓国へは出張でよくいくそうだが、日本は大阪を中心に5日間のみいったきりだという。日本はとにかく人が多かった、地下鉄や電車が無数に走っていて現代的な街だったという印象をもっている。なかでも日本で味わったラーメンの味が忘れられないという。「冬のにあったかいラーメンはおいしいですよね」と日本料理がおいしいのも日本の大きな魅力の一つだと熱心に語ったチャウ。
 「日本人の友達も多いんですよ。日系企業に10年も勤めていましたから。中には任期が終了して日本に帰ったけど、ベトナムのことが忘れられなくて、ベトナムに戻ってきて暮らしているひともたくさんいますよ。みんなベトナムが好きなんですよね」とチャウは笑う。

 チャウは今年40歳。12歳と8歳の二人の男の子の父親でもある。将来の夢について、チャウは「自分の会社を安定させ、顧客からも信頼を得る企業に育てたい」と意気込みを語ってくれた。
 社名は、TMC、Tran Minh Chau(チャン・ミン・チャウ)という自分の名前の略称なんですか?と最後にたずねると、「いや、みなそう思うようなんですが、実はTechnical Material Companyの略称なんです」と社名の由来を披露してくれた。
 自らの名前の頭文字をとって社名としながら、それを「技術と材料を提供する企業」なのだと印象づけるだなんて、ちょっと粋なこともする起業家だ。

文=新妻東一

TMC工業技術材料有限責任会社
TMC INDUSTRIAL TECHNICAL MATERIALS CO., LTD

プロフィール

2022年、ホーチミン市から車で1時間の距離にあるドンナイ省ビエンホアに鉄鋼・ステンレス原材料・加工会社として設立。2024年には医療機器部品、鋼構造物の工場を設立、来年には倍の月産100トンの工場に拡大することを目指している。二児の父親。

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