フエ〜「古都」フエの王宮、日本のビール瓶のかけらの壁画のあるカイディン帝廟、ノスタルジックな蒸気機関車が走る(予定)

 フエ。ガイドブックにはベトナムのいにしえの都「古都」だと紹介されています。ベトナムの古都フエを日本に例えるなら奈良、京都にあたります。でも実はフエという街は日本の奈良、京都などに比べると比較的新しい時代の「みやこ」なのです。

グエン朝の歴史とフエ王宮

 フエは1802年グエン・フック・アイン(ザーロン帝)が興し、1945年まで13代続いたグエン朝の王都だった場所です。1802年といえば日本では十返舎一九が後に「東海道中膝栗毛」と呼ばれる「浮世道中膝栗毛」を初刷りし、フランスではナポレオン・ボナパルトが終身大統領となった年。220年前といえばアメリカ独立、フランス革命より新しいわけです。ハノイがタンロンという名でベトナムの首都となったのは1010年ですから、本来「古都」といえばハノイであるべきなのですが、ベトナム最後の王朝があったことで「古都」の名をフエに譲ってしまったことになります。
 このザーロン帝、ベトナムの正史の中では極めて評判の悪い王様の1人です。それはベトナム全土を統一のために、フランスと手を組んだことにありました。
 ベトナム中部を治めていた広南グエン氏は18世紀に発生したタイソン党の乱で滅ぼされ、王子としてたった1人生き残ったのがグエン・フック・アイン。彼は隣国シャムに頼んで、ベトナム南部に攻め込むも敗退、流亡の末にであったのがフランス人宣教師のピニョーでした。ピニョーはしきりにフランスとの同盟を結び、その軍事援助を受け、ベトナムの地をタイソン党から奪還するように勧めます。
 グエン・フック・アインは自らの幼い王子カインをピニョーに託し、フランス革命直前、ルイ16世の治めるフランスはパリにピニョーとカインがやってきます。ピニョーの工作が功を奏し、戦艦や大砲、兵士の軍事援助を約束すると同時に戦勝の暁にはダナンとプロコンドル島(コンダオ島)の割譲と貿易取引はフランスに限ることを約束するベルサイユ条約を締結します。
 宣教師ピニョーは意気揚々とベトナムに戻りますが、戻る途中で国からの軍事援助は反故にされ、しかたなく彼自らフランス軍人を募り、戦艦や兵器も用意してベトナムに帰国します。アインはフランス式の兵器の使い方や築城術をフランス軍人たちに学び、タイソン党を次々に打ち破っていきます。
 全土を平らげて自ら皇帝を名乗ったのが1802年、そして中部の要衝フエに城塞を築きます。それが今も残るフエ王宮なのです。フエ王宮の建設がはじまったのは1805年、完成したのは2代目の皇帝「ミンマン帝」の時代の1832年でした。

 縦横 2.2km、520ヘクタールの広さに、周囲をフランス・ヴォーバン式城郭で取り囲み、城壁の内には碁盤目状に道を配置した中国風の街区を持つ城塞都市となっています。このヴォーバン式城郭とは外側につきだした稜堡によって、守備に際しては互いに援護しあい、攻撃に際しては死角をつくらないように設計されます。典型的なヴォーバン式は星形をなし、日本では19世紀半ばにつくられた五稜郭がその典型的な形の要塞といえます。
 なおグエン朝はベトナム全土20数箇所にこの六角形や四角形のヴォーバン式の稜堡付き要塞を建設しています。
 フエ王宮は度重なるフランスとの戦いや内戦によって大きく破壊され、現存する多くの建物は戦後再建あるいは修復を受けたものです。
 フエの歴史的建造物群は日本政府も世界遺産登録に協力し、1991年にはユネスコ日本信託基金によって専門家をベトナムに派遣、1993年にはユネスコ世界文化遺産の指定を受けました。早稲田大学・中川武教授らによる研究支援もあり、ベトナム政府による建築物の復元も進められています。
 王宮の入口である午門、即位式などの朝儀が行われた太和殿、皇族や大使が観劇、音楽鑑賞をした閲是堂など比較的保存もよく修復が進んでいる建物は見所の一つです。度重なる戦乱によって失われた皇帝の政務・生活のための紫禁城、皇后を祀る廟所のあった奉先殿などは焼失し失われ、基礎のみが残る場所に立っています。こうした廃墟にかつての栄華を偲ぶのもまた趣きがありますね。

日本のビール瓶のかけらが嵌め込まれた壁画〜カイディン帝廟

 世界遺産に指定されたフエの建造物群は15ありますが、ぜひ皆さんにご覧いただきたい建造物としてカイディン帝廟をご紹介いたします。カイディン帝(在位1916〜25)はグエン朝12代目の王の廟、つまり墓所です。
 11代目のズイタン帝はベトナム光復会と通じてフランス植民地政府に対して蜂起を試みたとして逮捕され、マダガスカルにほど近いインド洋レユニオン島に父のタインタイ帝とともに流刑されました。その代わりにフランスの手によって擁立されたカイディン帝は親フランス的でした。
 政治には興味はなく、もっぱら賭博や化粧、女装に興味があったそうです。12人もの妃を娶りながら子どもがなかったので「不能者」ではないかとの説もあったそうですが、宮中の女性に手をつけてグエン朝最後の王、13代バオダイ帝をもうけています。
 カイディン帝は自らの廟はフランス・バロック様式を取り入れた建築とするよう命じました。1920年に着工され、1925年にカイディン亭は結核で崩御しますが、その後も建築は続けられ、11年の歳月をかけて1931年に完成しました。

 建設材料である鉄鋼やセメント、スレートはフランスに、装飾に用いる陶器やガラス器は中国や日本にもとめさせました。廟としては小さいながらも豪華絢爛、東洋と西洋を折衷させたいかにもベトナムらしい廟となりました。
 小高い丘の上に建つ廟の階段を登ると官僚やウマ、ゾウをかたどった石像に迎えられます。廟の外観はまるでバロック様式の西洋風の建物ですが、細かい装飾は龍などがあしらわれ、東洋的な趣きを醸し出しています。内部の建物の壁には陶器やガラス器が嵌め込まれ、モザイク画が描かれて居ます。壁の一つには四季を著した装飾がありますが、装飾の一部に日本のビール瓶のかけらが用いられており、NIPPONの文字が読めます。
 カイディン帝はこの自身の廟を作るために国民に重税を課したといわれ、当時は恨まれもしましたが、特異な墓所を建設したおかげで、今は観光に訪れる人たちの目を楽しませてくれています。なんとも皮肉なものですね。

風光明媚なハイヴァン峠をノスタルジックな蒸気機関が走る!(予定)

サイゴン駅に静態保存されている蒸気機関車(フエで走行予定の機関車ではありません)撮影 新妻東一

 フエからダナンへの移動はかつてはハイヴァン峠という峠を越えなければなりませんでした。峠の道は道幅も狭く急峻で事故も多く、安全面でも問題があったのです。2005年開通したハイヴァントンネルのおかげで約2時間で車両で移動できるようになりました。
 南北統一鉄道はこのハイヴァン峠を取り囲むように海側を走行します。このハイヴァン峠の路線は統一鉄道路線の中でも最も風光明媚な場所であるとされ、フエ〜ダナン間のみを走行する列車に乗車する人もいます。またこのハイヴァン峠を差し掛かる機関車が下に海を、上にハイヴァン峠の絶壁を走行する姿を写真に収める鉄道写真ファンも多くいます。
 そこでベトナム鉄道総公司およびインドシナ鉄道旅行サービス有限責任会社が共同して1990年には退役した蒸気機関車をリノベーションして走行できるようにし、フエ(ランコー駅)からダナン駅まで観光列車を走らせる計画があります。報道によれば昨年2021年にはベトナム交通運輸省の承認を受けて準備が進んでいるようです。
 今後蒸気機関車の走行に必要な転車台、整備棟・整備線、石炭や水供給システムを設置し、関連諸機関の許認可も得る必要があるとのこと、まだサービスの開始までは時間がかかりそうですが、フエに新しい観光の目玉が出現します。
 ベトナム鉄道総公司の関係者は、このサービスが開始されれば日本の鉄道ファン、中でも鉄道写真ファンの「撮り鉄」と列車への乗車を楽しみにしている「乗り鉄」の皆さんが大挙してベトナムに訪れるであろうことを期待しているようです。

文=新妻東一 撮影=大木茂(おおき しげる)

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