公差精度0.002mmの精密部品の金型、治具を製造販売/TORA VIETNAM TECHNOLOGY DEVELOPMENT, JSC

 ベトナムでは長らくどの産業分野でも裾野産業が育たないというぼやきがあちこちで聞かれた。自動車や電気電子製品の生産需要があれば部品を供給する工場はおのずと育つもの、多くの人がそう思っていた。日本では自動車や電子・電気産業の発展に伴って、それらの組み立てメーカーに部品を提供する、部品産業、裾野産業がたちまち発達した。同じようにベトナムでも組立メーカーが誘致されれば、そうした下請け産業が発達をみるだろうと思われていた。実際には、すぐにそうならなかった。
 仕方なく、日系企業は部品をつくる系列の工場もともにベトナムに進出をさせ、ベトナムにおける自動車産業や電気・電子産業を支えてきた。そのためにベトナムの裾野産業の発展の遅れが嘆かれた。
 ベトナム企業インタビューではこれまでも日系企業に部品を供給する企業を何社も紹介してきた。彼ら、彼女らの話をうかがいながら、いや、ベトナムでも「ものづくり」に夢中になり、果敢に外資系企業に製品を提供するべく、その品質向上や納期の短縮化に取り組む経営者がいることを知った。彼らの努力は日本語にして日本の読者に紹介する価値がある。そう感じている。
 今回紹介するTORA Vietna社の社長グエン・クアン・ヒエン氏もそうしたベトナムの「ものづくり」に貢献する一人だ。
 彼の工場はプレス加工用の金型、治具それに自動車・オートバイ用の精密部品製造を主に行なっている。ベトナムに進出した日系企業向けが売上全体の70%だというから驚きだ。それも自動車・オートバイ・電子メーカー大手ばかり。彼の工場から出荷される製品の品質と信頼はそのことからも示されている、そういっていいだろう。
 今回もZOOMによるリモート取材であることをお断りしておく。

 グエン・クアン・ヒエンはフート省生まれ。フート省はベトナム人の祖、雄王が治めたバンラン国のあった場所として知られる。ハノイのお隣の省である。雄王(フンブォン)やラックロンクアン、オウコーなど、ベトナムの祖王たちが治めた場所であったため、彼らを祀った廟や祠が多く存在するのもフート省の特徴だ。雄王命日にあたる旧暦3月10日には多くの参拝客が雄王の廟を訪ねる。
 ヒエンは歴史の色濃いフート省に生まれ、高校まで同省で過ごした。大学はハノイ工業大学に進学し、機械製造科で学ぶ。
 卒業後、ベトナムに進出した日系の製造業に勤務したが、その経験からベトナムにおいて精密機械部品製造の将来性に気がついたヒエンは、満を持して2018年、自らの工場をハノイ市内に設立した。現在は同市フックトー県に工場を構えている。フックトー県はハノイの中心部から車で約1時間強の距離にある。日系の自動車・オートバイ・電気電子企業が集積する北部ベトナムという地の利もある。
 同社の得意とするのは精密金属部品のプレス加工用精密金型・治具の製造にある。
 プレス加工、すなわちスタンピングは自動車やオートバイの大量生産に対応して発展してきたといわれている。一般に自動車には約3万点もの部品が使用されており、エンジンだけでも1万点もの部品が必要だ。その大量に必要となった自動車部品のためにプレス加工、スタンピングは他の加工法に比べて、初期投資は大きいものの、大量の部品を短時間に仕上げることのできる加工法だ。
 プレス加工は素材である金属を工具、つまり金型の間にはさみこみ、圧力を用いて素材を金型に従って成形、加工することである。
 同社の公差精度は、0.002から0.005mmを達成しているという。最大加工寸法は3000mm x 1500mm x 1000mm、最大加工重量も5000kgまでである。
 こうした技術を支えているのは、従業員の技術力と、導入されている機械の能力によるところが大きい。
 工員、従業員は現在、約50名。そのうち高等専門学校・大学卒業者は8割を超えているとのこと。
 また機械設備・検査機器のほとんどは日本製であり、一部台湾、米国、スウェーデン製を用いている。特にCNC(Computer Numerical Control = コンピュータ数値制御)加工機は森精機、日立、アマダ、マキノなど日本の有名メーカーのものを使用している。精密部品を発注する日系企業側としても、日本製の加工機を使用していることは安心感があり、本工場を指導、要望する際にもとまどいがないだろう。

 生産能力は、年間、金型にして150セット、治具部品、精密部品数千個が生産可能だ。
 その多くは国内販売で、ほんの一部が日本、米国に輸出されている。国内販売といっても、その多くは外国投資企業(FDI)の製造工場向けであり、日系向けが7割、韓国系企業向けが2割、残りはベトナム現地企業向けに製造、出荷されている。
 取引先の日系企業としては、ブランド力のある有名自動車・オートバイメーカーやその部品メーカーの名前が並ぶ。加えて、日本の電子・家電メーカーの名前もある。これらの企業に求められる品質を提供できることが、同社の技術力、製品力の高さを示している。
 同社は創業から6年にして、機械4〜5台、従業員数10名程度の工場から設備50台、従業員数50名と、機械台数にして10倍、従業員数5倍化という急成長を遂げている。コロナ禍にあっても立派に成長を遂げているヒエンの会社が眩しく見える。
 そんなTORA社にも懸念する点もある。それは、2022年には300万米ドル(4.4億円)あった売上が、2023年には200万米ドル(2.9億円)にまで落ち込んでしまったことだ。
 彼の判断では、日本、米国、欧州での景気低迷が原因と考えている。特にウクライナとパレスチナとロシア、イスラエルの侵攻、戦争が大きく影響しているとヒエンは考えている。
 また、このところベトナム市場ではオートバイは卒業して、自動車を購入する層が増えているためか、オートバイ向けの仕事を40%とすると、自動車向けは60%と、以前とは逆転しているとも語る。
 そしてベトナム政府はベトナム製、それも電気自動車製造を後押ししている。同社は、ベトナムで電動自動車・オートバイを製造する会社への部品納入があるものの、その数はまだわずかだ。
 日系企業との取引の多い同社の代表ヒエンは、外資系製造メーカーとの交渉にあたっては、まずは品質、納期、つまり供給する製品の信頼性が求められるという。その二つがあってはじめての価格交渉だと彼は強調した。
 また日本人と多く接したヒエンの日本人への印象は、幼いときからのしつけ、教育によって、仕事に対して厳格であり、信頼を重んじる人々だと、感じているそうだ。
 ヒエンは1986年生まれ、今年39歳。妻との結婚は遅かったので、子供はまだ5歳とのことだが、彼はまだこれから四半世紀は確実に生きて、働ける未来がある。
 夢はなにかとヒエンに問えば、自らの会社、工場をさらに大きくして、従業員たちには収入をもたらし、ベトナム社会の発展に微力ながら貢献したい、そう熱く語ってくれた。多くの日本人がすでに失ってしまった熱量を彼はその胸のうちに秘めている。
 「品質を提供し、成功を確かなものに(Delivering Quality, Defining Success)」が同社のスローガンだ。ベトナム工業における裾野産業の担い手の将来はまぶしい。

文=新妻東一

TORA VIETNAM TECHNOLOGY DEVELOPMENT ,JSC
トラベトナム技術開発株式会社

プロフィール

2018年ハノイ市に創業。代表者はフート省出身のグエン・クアン・ヒエン。主に精密部品用金型、治具、精密部品そのものの製造を行なっている。主にベトナム国内の外国投資企業(FDI)への製品を供給している。日系自動車・オートバイ・電気電子メーカー向けが全体の7割を占めている。世界的な景気低迷を懸念し、新たな供給先を求めている。

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