2024年、日本企業から見たベトナムオフショア開発~過去との違い、そして今後~
- 2024/05/21
日本とベトナム間とのビジネスを挙げるとするなら、必ず挙げられるのが日本企業からの依頼を元にベトナム人ITエンジニアを活用してソフトウェアの開発を行う「ベトナムオフショア開発」です。
そこで今回は、ベトナム・ホーチミンで16年超ソフトウェア開発を行っている会社で働き、当事者でもある筆者の視点からベトナムオフショア開発についての過去から変わった点や、変わらないこと、今後予想される動きなどについて紹介します。
目次
1. 日本企業のコストメリットという視点でみたベトナムオフショア開発
数年前までベトナムオフショア開発の特徴の1つとして良く打ち出されていたのは、ITエンジニアの人件費の安さを元に、日本でのソフトウェア開発に比べて比べてコストを削減できるという点です。
会社やエンジニアのレベルによって異なるものの、数年前まで人月単価で30万円台(会社やレベルによっては20万円台)で提示していることも多く、日本での開発に比べて、日本語が話せるブリッジ人材を入れても半額や1/3と大きくコスト削減ができるという点がメリットとしてありました。
しかしこういったコストメリットは2024年5月現在、「円安」と「エンジニアの人件費上昇」といった2つの面から難しくなっています。
例えば3~4年ほど前まで1円=210~220ベトナムドン(以下”ドン”と表記)で両替できた為替レートは、円安が進んだことで1円=165~155ドンへと約35%ほど低くなりました。
Trading EconomicsのJPY-VNDのチャートより(上記は仲値=TTMの推移であるため実際の銀行での両替レートは銀行での手数料に伴いより低くなります)
ベトナム人ITエンジニアの給与や現地で発生する様々なコスト(家賃やPC機材、ネット回線など)は全てベトナムドンで発生することから、お客さんへ請求する日本円額を約35%値上げしないと同じベトナムドンの金額にはなりません。
さらにそれに加えてそのドン建てで発生している、ITエンジニアの給与も上昇しています。
ベトナムでの求人メディアなどを運営するITviecが出している調査レポート「IT SALARY REPORT 2023-2024」によると、ベトナム全土のITエンジニアの平均給与は、2022-2023年3,240万ドン(約203,135円)であったものが、2023-2024年3,440万ドン(約215,674円)へと、直近1年でも6.2%上昇しています。
(上記は2024年5月14日のVietcomBankが提示する日本円からドンへの両替レート、159.50で円換算した場合)
同ITviec社のレポート内でも紹介されていますが、ベトナムでの地域差(ホーチミンは高く、地方都市などは安い)や、スキルによっても給与に大きな違いがあります。
ベトナムの地方都市カントーにおける2024年の情報技術業界の給与を伝える記事(原文ベトナム語)によると、手取りがグロスかは不明ですが経験2~3年で月800~1000万ドン、7~10年の経験で月1500~2000万ドンといった記述があり、スキルにもよりますがハノイやホーチミンよりはかなり安いことがわかります。
参考までにホーチミンの中心地で実際にソフトウェア開発を行っている筆者の体感値でいうと、ホーチミンにおいても新卒人材は給与手取り400~500ドルで雇えますが、ある程度できる人材は、引き抜きや転職を防止するため半年以内に1.5倍(手取り700~800ドル)へと上げる必要があり、任せていける人材だと手取り1,000~1,500ドル、またはそれ以上といった給与水準となっています。もちろん開発内容によって求めるスキルが異なるため上記金額水準も変わります。
上記で「手取り」と書いているのには、ITエンジニアの採用面接時に、希望給与をドルの手取り額で提示してくるといった商慣習があるためです。ただし法律上、ベトナム人の給与は「ドン」でしか払えないため、「ドン」の金額で労働契約して「ドン」で支払うことになります。
ベトナム人へはドンでしか払えないが採用時の給与交渉や希望給与はドルで提示されることが多い。画像はベトナム語の記事より
ベトナムでは、法定福利厚生(強制加入の社会保険や健康保険)などが、日本と異なり労使折半ではなく雇用主側の負担割合が大きく、されに手取りで合意しているので個人負担分の保険料や所得税分も含めて、会社負担の人件費となります。
また旧正月(テト)の時期に給与1ヶ月分をテト賞与として支給する商習慣もあり、仮に1年間に昇給しなかったとしても年間で13ヶ月分の人件費がかかることから、その分を賞与引当として、毎月の人件費に見込んでおく必要があります。
筆者作成したベトナムの手取りと実質月当たりの人件費の比較(あくまでも目安です)
扶養家族の有無などによっても変わりますが、手取り1,000ドルなら実質人件費は1,480ドル(約231,413円)、手取り1,500ドルなら実質人件費は2,254ドル(約352,435円)といった金額感になります。(2024年5月14日の為替レート、1ドル=156.36円で円換算した場合)
以上は、ITエンジニアだけの人件費になり、日本企業から発注を受けて開発をする場合、日本語が話せるブリッジ人材の人件費も入ることや、さらに採用費用や家賃やネット回線といった一般管理費などもかかってきます。
以上のことから単純にコストという視点だけで見た場合、開発を行う場所やエンジニアのスキルによって大きく異なるものの、場合によってはニアショアと呼ばれる日本の地方都市と変わらないか、それ以上に高くなるケースもありうる状況です。
2. オフショア開発が必要な日本企業の事情
コスト削減という面が変わったのに、なぜ日本企業は引き続きオフショア開発を継続するのでしょうか?
背景にあるのは、生産性向上「DX推進」や、新たなビジネスを作って収益を獲得する為、ITエンジニアのリソース確保の重要性が高まっていく一方、ITエンジニアが大きく不足しているという実情があります。
上記資料は、経済産業省が2016年(平成28年)6月に発表した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査」で、2030年に中位シナリオで59万人、高位シナリオでは79万人のIT人材が不足すると発表されてから数年が経ちますが、ITエンジニアの不足は改善されたのでしょうか?
一般社団法人 情報サービス産業協会(JISA)が、2024年1月31日付けで発表した「JISA-DI調査(令和5年12月期)」によると、雇用判断DI値(不足(%)-過剰(%))は77.2ポイントで前期よりもプラス幅を拡大しており、従業員の不足感が過去最高だった2022年(令和4年)12月末に迫る水準となっています。
2024年1月31日「JISA-DI調査(令和5年12月期)」より
2020年(令和2年)12月の36.4%から、2023年(令和5年)12月の77.2%へと、3年で従業員(ITエンジニア)が不足していると考える企業が2倍以上増えている状況が見て取れます。
2024年1月31日「JISA-DI調査(令和5年12月期)」より
さらにもうちょっと長い期間における傾向を見ても、2012年(平成24年)頃に従業員の不足に転換してから、コロナ禍の始まったタイミングで一時的に下がるなどの変動はあったものの、長期的にITエンジニアの不足が続いており、しかもより悪化する傾向が見て取れます。これが安さというメリットが薄れたり失われたとしても、オフショア活用が必要となる社会的背景です。
ではオフショア開発先として他にも国がある中、なぜ日本企業からベトナムが一番選ばれるのでしょうか?
3. なぜベトナムでのオフショア開発なのか?
ベトナムでは国策としてITエンジニアを育成し、IT産業に力を入れている、ITエンジニアが豊富といった点が良く注目されますが、「日本企業から」という視点で考えると、それ以外にも以下の要素が大きいと考えられます。
3-1. ビジネス日本語人材の多さ
日本企業、日本人にとっては日本語でのコミュニケーションを取りたい、日本語で開発内容を依頼し、調整し、必要に応じて日本語でのドキュメントも用意したいというニーズが高いです。
ITエンジニアの数だけなら他にも多い国があり、例えばインドのオフショア開発などは世界的に有名でITエンジニアの数も多いですが、日本語での対応可能なブリッジ人材の多さという点で考えるとベトナムに優位性があります。
そしてこれは、日本人で英語が苦手な人が多く、英語ではなく日本語でコミュニケーションを取りたいという事から考えると、今後も変わらないと考えられるポイントになります。
では日本語を学ぶ人が多い他の東南アジア各国と比べたときにどうなのでしょうか?
国際交流基金2021年度「地図で見る日本語教育機関で学ぶ学習者数(国・地域別)」より
上記図にもある通り、国際交流基金(JF)が2021年度に実施した、「海外日本語教育機関調査」の「結果報告書」によると、日本語教育機関で学ぶ学習者数は、
学習者数だけでみるとベトナムよりもインドネシアやタイの方が多いです。しかしどういったところで学んでいるかで見ていくと、
高等教育や学校教育以外(日本語学校)で学んでいる人の数が2021年度、インドネシアで計62,341名に対し、ベトナムでは計135,006名となります。
大学や日本語学校にお金を払って日本語を学ぶ人が多い、これが影響していると考えられるのは、仕事として日本語を使う際に求職活動で必要となる日本語能力試験の受験者数の違いです。
国際交流基金「日本国際教育支援協会」が2023年7月に発表した「日本語能力試験 結果の概要」によると、日本語能力試験を受験した数は、
・ベトナム:26,245名
・インドネシア:13,347名
・タイ:12,468名
とベトナムが多く、特に仕事で使えるレベルとされる日本語検定1級(N1)と2級(N2)の受験数でみると
・ベトナム:N1(3,386名)、N2(7,540名)
・インドネシア:N1(293名)、N2(911名)
・タイ:N1(962名)、N2(1,731名)
以上のようにベトナムが圧倒的に多いことが分かります。
もちろん受験数=合格数ではありませんし、資格を取った人全員がブリッジ人材(IT通訳)になるわけではないですが、少なくともこういった母数の多さが、結果的にブリッジ人材の豊富さへと繋がり、ベトナムが日本企業から選ばれる理由になっているのではないでしょうか。
3.2 日本語での情報・選択肢の多さ、オフショア開発におけるブランド力
初めてオフショア開発を検討する際に日本人や日本企業は、情報収集を行ってから対象国を選びますが、そういった際にオフショアと言えばベトナムを思い浮かべて情報収集を開始するケースも多いと考えられます。
実際に「オフショア開発白書2023」によると「オフショア開発検討先 国別割合」において第1位のベトナムは48%、第2位のフィリピン21%、第3位のインド13%のそれぞれを大きく上回っています。
なぜベトナムを思い浮かべるのかというと、知り合いやお付き合いのある会社でベトナムでのオフショア開発を行っているケースの多さや、ここ十数年注目されてきたことでビジネスイベント、ニュースなどで目にしたり、聞くことが多いからと考えられます。
推定検索数で調べた場合、例えば「オフショア開発」+「国名」の検索推定数で比較してみると、
2024年5月時点での「aramakijake.jpでの調査結果」より
「Googleキーワードプランナー」での月間検索ボリューム数より
いずれもベトナムがフィリピンやインドよりも「オフショア開発」において、多く検索されていることが分かります。
つまりオフショア開発という分野においてベトナムは、他国よりも純粋想起される国=日本企業から見てブランド力がある国と言えるのではないでしょうか。
こういった日本語情報の多さに加え、日本企業向けにオフショア開発の役務提供をしている会社がベトナムは多いため、選ぶ側から見た際に他国と比べて選択肢が豊富なこと※も選ばれる理由と考えられます。
※日系、非日系、日本に支店などがあり日本国内でも取引が可能かどうかや、単価、サービス内容、契約条件の違いなど。
3.3 日本との時差、営業日数の多さ、アクセスのしやすさ
日本とベトナムとの時差は2時間であり、両国ともにサマータイムはありません。
例えばベトナムで朝8時~夕方17時の勤務時間帯は、日本時間の朝10時~夕方19時となり日本の営業時間と被ることから、オンラインMTGやWEB CHATを使ったリアルタイムでのやり取りが可能です。
またベトナムは、日本に比べて祝日も少ない(日本16日、ベトナム11日)ことから、1年間通したときに開発日数が多く取れる点も発注側からしたら選ばれるポイントでしょう。参考までに地域や年によって異なりますがフィリピンの祝日は19日、インドの祝日は14~17日あり、いずれもベトナムよりも祝日が多いです。
ベトナム航空やVietjetなどでは日本の地方都市とベトナムを直行便で結んでいる
また日本からのフライトが多い点、東京以外にも名古屋、大阪、福岡など日本の様々な都市から直行便が飛んでいて現地視察や、開始後の打ち合わせなどがしやすい点が選ばれる理由の1つとなっているとも考えられます。
3.4 カントリーリスクが低いと認識されていること
オフショアに限った内容ではありませんが、数年前まではあまり注目されていなかった点で、近年、日本企業から重視されている点に「カントリーリスク」があります。
例えば数年までアジア(アセアン)最後のフロンティアなどと注目され、ベトナムよりも人件費の安さが注目されていたミャンマーは、2021年2月の軍事政権によるクーデタ発生時に発生したような政治的なネット回線遮断や、その後、現在も続く政情不安などもあって、遠隔(ネット越し)でのソフトウェア開発にリスクを感じている会社も多いでしょう。
外務省-海外安全情報「ミャンマー」より
また日本企業ではあまり利用されている会社は多くありませんでしたが、ウクライナやベラルーシといった国も以前は人件費の安さなどからオフショア開発先として話題になることもありました。しかしこれらの国へのリスク評価も2022年の戦争勃発後は状況が大きく変わっています。
また特に最近多いのは、中国からの開発拠点の移転に関する相談です。十数年前と比べ現地での人件費高騰に加えて、反スパイ法に見られるような事業継続をしていく上でのリスクを気にする会社も多いです。
さらにはソフトウェア開発において中国内で日本や他国の個人データを取り扱う場合、それを気にするユーザーやエンドクライアントの懸念、その承諾取得の難しさなどもあって現地での開発継続や体制拡大が難しいと判断され、移転したいといった相談も増えました。
ベトナムも同じ社会主義国ではありますが、中国で見られるような外資企業、外国人への締め付けが起きていないこと、ネットの規制も(ゼロではないものの)中国の様に厳しくはなくFacebookやTwitter、LINEなど各種ネットサービスへのアクセスも可能なこと、また両国の政治的状況に起因する反日デモの様に日本企業や日本人に対してのリスクが低いといった特徴があります。
外務省-海外安全情報「ベトナム周辺国の状況」より。レベル1「十分に注意してください」と黄色になっている国も多い
また現時点では逆に共産党による一党独裁が故に、政情が安定し政策の継続性や、内戦やクーデタ、テロなどの危険性が低いといったメリット面の方が評価され、日本企業からは他の新興国よりも「カントリーリスク」が低いと認識されており、それが選ばれる理由の1つとなっていると考えられます。
4. 現在および今後のベトナム・オフショア開発
直近1~2年(2022年後半~現在)は、それ以前と比べてIT人材の求人が減っており離職率も低下し、買い手市場=雇う側が比較的有利な状況となっています。
この背景にあるのはコロナ禍の時、低金利による世界的な金余りでITスタートアップなどへ多額のお金が流れこみ、それがITエンジニアの需要を上げていた(IT人材の売り手市場となっていた)ことが、世界的な利上げに伴いベトナムでの資金調達も以前より厳しくなって、逆転したという状況があります。
2024年3月13日ベトナム語メディアVnEconomyが報じたベトナムのスタートアップへの投資額(細い線で右縦軸=100万ドル単位)と投資件数(棒線で左縦軸)の推移を伝える記事より。2021年以降減っている様子が分かる。2023年は9月までの9か月間の数
またITエンジニアの中でもより付加価値が高い分野を担当できる人材が以前よりも増えました。例えば、戦略相談や技術向上⽀援などのコンサルティング、与件整理、要件定義などPMとして上流から対応可能な人材、AWS、Azure、GCP等のクラウド関連のプロフェッショナル資格を保有している人材などです。もちろん、スキルに見合うだけ、給与水準は高くなります。
そんな状況を踏まえた時、今後より顕著になるであろうと考えられる点を2つほど紹介したいと思います。
4.1 スキルの高いエンジニアを使いベトナム現地で収益を上げるITサービスの開発
ベトナムの経済成長の果実を取り込もうと、日本のITサービス事業者などが現地向け(企業向け、一般消費者向け)ITサービスやプロダクトを展開し、そこで収益を上げようとする動きも増えるのではないかと考えられます。
「ベトナムでのSoftware as a Service=SaaSの収益規模予測」Statista.comより。2024年は1億9,880万ドルで2024~2028年の年間成長率(GAGR)は平均11.28%となり、2028年には3億490万ドルになると予想されている
ベトナムローカライズや現地向けサービスの新規開発にあたり、既に述べたようなハイスキル人材を活用していく、コストはベトナムから発生する収益増でカバーしていくため為替リスク、人件費上昇リスクなどもヘッジできる、その様な考えをもった企業の進出、開発実施も増えることでしょう。
4.2 AIを活用し、より生産性を高める開発への動き
近年、世界中で注目を集めた生成AIの活用は、今後ベトナムのオフショア開発においても無視できない影響を与えて行くと考えられます。
この記事を書いている現時点(2024年5月)では、まだ不完全、不正確さが残るためそこまで大きな存在とはなっていませんが、GitHub Copilot、Amazon CodeWhisperer、Gemini Code Assist(旧Google Cloud Duet AI for developers)などAIを活用したコーディング及び補助により、プログラミングの負担の軽減、作業スピードを改善し、より高い生産性を実現する動きが加速していくことでしょう。
3年くらい前に公開された「GitHub Copilot はコーディング方法を変える」(原文:ベトナム語)の記事より
これらのツールを十分に活用してソフトウェア開発を行うエンジニアと、そうでないエンジニアとでは、給与格差が大きくなることから、自ら学びそのスキルを身に着けていくエンジニアが増えていくと考えられます。
そして発注する企業側でも高騰する開発費(人件費)に見合うだけの開発力を求めていくことから、こういったツール活用の動きは不可逆的なものとしてベトナムでのオフショア開発においても一般的になっていくのではと考えられます。
筆者:石黒健太郎 ベトナムで2008年からオフショア開発を行うVitalify Asiaにて、現地ビジネス情報や開発事情を提供しています。
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